翌朝。朝7時。天気晴朗なれど風寒し。もう冬だよ冬。
俺は言われたとおりに秋葉明神下までやってきた。
あんだけでかい口たたいたんだからどんなコスプレしようってんだろうな。加奈子のやつ。しかも秋葉明神の境内で?想像つかん。
鳥居をくぐり、表参道を登ると、そこにはすでに大勢、神主や巫女が参集していた。
中央にごたいそうな「玉座」が設置されていて、そこには仰々しい格好をした巫女が座っている。
まさか、あれが加奈子だろうか。
遠目に見るとその巫女は、普通の巫女のように、白い小袖に緋袴をはいているようにみえる。
やはり加奈子だ。でもいつもと全然雰囲気が違う。
真っ白なおしろい、頬はうすべに色で、唇にも小さく、おちょぼ口のような紅をさしている。まなじりが裂けたように、切れ長な、古代の入れ墨のようなアイラインを書いている。
服は、ただの巫女装束ではなかった。
上着は、シルクに細かな金糸の刺繍が縫い込まれ、肩や襟や袖にフリルがほどこされた、まぎれもないゴシック。
袴も幾重にもフリルがついたゴシック。
あれが、加奈子が最終的に行き着いたロリータファッションなのだろうか?
真っ白な衣冠束帯に身を包んだ男が出てきた。あれが秋葉明神の宮司であろう。手には金ぴかの、数珠がすだれのように、いっぱいぶらさがった冠を捧げもっている。
俺は何事が始まるのかと最前列に、人混みをかき分けかき分け詰め寄った。
宮司は加奈子の正面に立つと、冠を持ったまま深く礼拝し、進み出て、加奈子に冠をうやうやしく差し出した。
加奈子はその冠を自ら両手で取って、自分の頭に載せ、きゃしゃなあごの下で首紐を結んだ。
その冠は、加奈子の頭上にあって、からりとはれた冬空から降り注ぐ陽光を浴び燦然と光りを放った。天の岩戸の開闢もかくやと思われた。大太鼓とヒチリキの音がなり始めると、社殿の屋根に止まっていた鳩が一斉に飛び立った。
「神功皇后の再来じゃ。迦具夜比売命の再来じゃ。」
宮司はあまりの神々しさに感極まったか、はらはらと滂沱の涙を流した。
宮司は小間使いの少年が手渡した、人の身長くらいはあるかというでっかい幣を手に取って、加奈子の目の前でお祓いをした。
それから、袂から奉書紙をとりだし、それを開いて、祝詞を唱え始めた。
かけまくもかしこき
ひさかたの あめのやすかはに あれましし かぐやひめのみこと
むさしのくに あきばのはらの あきつみやに あもりまして
よものうみ しづめませ たみくさを うれひいたみませと
かしこみかしこみもまをす
「仙川。大儀であった。」
「もったいのうございます、姫。この日をどれだけお待ち申し上げたことか。私の、一生に一度限りの、最大の、そして最後の晴れ舞台でございました。」
宮司の名はセンカワというのだろうか。
加奈子が手を差し伸べると宮司はその手をとって、加奈子を玉座から立たせた。加奈子はそのまま二、三歩段差を降りると、
「もうよい、ご老体。私は大丈夫だ。一人で歩ける。そなたはもう、ゆっくり休め。」
そう言って彼の手を離した。
「はい。ここでお見送りさせていただきます。」
加奈子は衆人環視の中で、優美に、重たげな裳裾をふわりと広げて、そのゴージャスな衣装をまとった体を一回転させてみたが、たちまちよろけた。
「だいじょうぶか。」俺は加奈子に駆け寄った。
「加奈子。おまえは加奈子だな。どうしたんだそんな妙なかっこうして。コスプレも度が過ぎるぞ。」
加奈子は眉をひそめた。
「卓也。そこにいてはみなの邪魔だ。どいてくれぬか。
しかし、この靴はとても歩きにくいな。厚底で。履き慣れておらぬもので。足首がクキッといきそうだ。
まあ、私は子供の頃フィギュアスケートをやっておったから、足首は鍛えてあるんだが、何しろこの衣装と冠が重くてかなわん。やられたわ。」
