閉じる

アモンのオラクル

エーゲ海沿岸の島々はすべてギリシャに帰し、ペルシャに雇われたギリシャ傭兵隊も潰滅した。

全ギリシャがギリシャ人のものとなった。しかもスパルタ以外はすべて我らが王を盟主と仰ぐコリントス同盟の傘下となった。

王は諸国の学者や僧侶、神官らを集めて問うた。「俺はこれからどうしたら良いだろうか。俺は既に父の遺業を達成した。では次に何を為すべきか。」

しかし彼らの意見はどれも王の心には響かなかった。

王はギザのスフィンクスを見上げながら、言った。

「おまえも俺に何も語りかけてはくれぬのか。」スフィンクスはその頑丈な石灰岩で出来た首を縦にも横にも振らなかった。「そなたがまことのスフィンクスなら俺に謎かけしてみよ。俺が解いてみせようではないか。そのあかつきには、この俺に、世界征服の秘訣を教えてもらいたい。」

そのときメンフィスの神官らの代表が進み出て王に言った。

「お役に立てずに申し訳ない。しかしメンフィスの外にも、神がおられます。ナイルを南へさかのぼればオシリス神の聖地アビュドスがあります。我らエジプト人は生涯に必ず一度はアビュドスに巡礼します。またエジプト人のみならず、異邦人も多く、かの地に訪れます。エジプトで最も人気のある巡礼地です。」

「アビュドス?オシリス?なぜそのように人気がある?」

「オシリスは冥界の王です。死後オシリスに生まれ変わることができるのは人のうちでエジプト王、すなわちファラオだけです。ファラオはみなオシリスに転生して冥界に永遠の命を得るのです。オシリスの祭礼とはすなわちファラオの崩御と葬送に深く関連しております。そのため歴代の王はオシリス廟に祀られております。つまり、王の墳墓はそこかしこに点在しておりますが、それら全ての王がアビュドスに揃って祀られておりますから、アビュドス一箇所に詣でれば全ての王墓を余さず巡ったのと同じ意味があるというわけです。」

「それは至極便利だな。すでに砂漠に埋もれ忘れ去られたピラミッドもあろうから、漏れもない。」

「皆様もご存じのように、ファラオ以外の人民もまた、死後の命を望んでいますから、信心深い彼らはでき得る限りオシリス廟の近くに、自分も墓を建てたいと考え、そのためアビュドスは陵墓の街として大いに栄えておるのです。

また巡礼者が毎年最も楽しみにしているのが、神官らが演じる聖劇です。」

「聖劇?」

「オシリスの死を演じる劇です。またホルスはオシリスの後継者であるが故に、新たに即位するファラオはホルスの化身でもあります。すなわちこの、神官がオシリスとホルスを演じる劇は、ファラオの世襲を暗喩する劇であります。」

「するとその、アビュドスの神官というのは俳優か。」
「そうですね。そう言う言い方もできるかもしれません。」
「その神官は、オシリスの神託を授けるか。」
「オシリスは冥界の神であるが故に、現世とは無縁であり、生ける人に神託を与えることもありません。」
「新たに即位するファラオに対してもか?」
「はい。エジプトの神は、オシリス以外はすべて生きている神です。生きているから人に神託を授けられるのです。」
「それでは俺はアビュドスに行く意味が無い。俺はこれからどうしたら良いか知りたいのだから。」
「王よ、」プトレマイオスがささやく。「是非アビュドスへ行くべきです。」
「なぜだ。」
「あなたはファラオに即位するのでしょう?これからエジプト人民に王として君臨する。ならば、あなたがホルスの化身となったことを衆人に示す絶交の機会です。あなた自らがホルスを演じれば、エジプト人はみな王朝の交代を納得するでしょう。」

王は口をへの字に曲げた。「俺はそんな俗悪なところへはいかん。」

王はメンフィスの神官に向き直る。「ギリシャには神託所(オラクル)というものがある。神からお告げを神官から聞く場所だ。エジプトにもあるか?」
「ございます。アビュドスからさらに南へ遡れば、テーベにアモン神が祀られております。アモンは託宣の神です。或いはここから西の砂漠の中へ入ると、そこにもアモンのオラクルがございます。」
「どちらがより御利益がある。」
「テーベのカルナクはこの世で最も大きな神殿です。一度ごらんになられると良いでしょう。しかし、砂漠のオアシスにある神託所は、小さいながらも霊験あらたかで、その託宣は決して誤ることはないと言われます。」
「ペルシャ王女らはアビュドスの演劇を見てカルナク神殿に詣りたいというであろうな。」

王はそこで、パルメニオンに王女らを預けて、自分は地中海岸沿いに西へ赴くことにした。途中王は、都市の建設に好適な地を通ったので、王は自らここに縄張りをした。今日アレクサンドリアと呼ばれているところである。

しばらくエジプトの海岸を西へ進み、途中で南に折れて、サハラ砂漠を内陸へ向かうと、四面をすべて砂に囲まれた、大小七つのが東西に連なる細長い盆地がある。湖の岸辺には塩の結晶が白く析出している。この湖の水を汲んで天日で乾かすだけで塩が採れ、また湖の付近を掘ると、極めて純度が高く、大きな岩塩が採掘されるという。

日干し煉瓦の集落はシワと呼ばれている。そのシワの住民に「アモンの神託所」の案内を頼むと、あちらの森の中に小高くなった岩の上が、その至聖所であるという。

盆地のほぼ中心、大きな二つの湖に挟まれて、棗椰子やオリーヴが生い茂る森がある。その森の中に「太陽の泉」と呼ばれる井戸がある。この井戸の水は、昼飲むと冷たく、夕方にさしかかると暖かくなり、深夜に最も熱くなる。それから次第に冷えはじめ、そして正午に最も冷たくなる。その変化を毎日規則正しく繰り返すのである。

その水は、炭酸鉱泉であるのか、細かな気泡とともに、ずっと深いところから、こんこんと湧きだしている。暗く青く澄んでいて底も知れぬ。私は王にならって、その水を両手でって飲んでみた。確かに昼間なのにひんやりしている。真水ではない、血の味ほどの塩気がある。これはおそらく塩分が希薄になる地層まで極力深く、人手で掘られた井戸なのであろう。そしてこのオアシスの森は、この深層水によって灌漑されているのだ。

我々は森の中に突き出した岩場によじ登ってみた。

王はつぶやく。「これがでオラクルあろうか。屋根もなく、託宣を告げる巫女(シビュッラ)もいない。我がギリシャのデルフォイやドードーナのオラクルとはまるで違う。ただ平らな床と、石造りの列柱と、壁があるだけだ。」

「巫女は常駐しておらぬだけではないか。」
「いや、そもそもこのシワの集落に巫女などいないそうです。シワの外はどこまでも無人の砂漠です。」
「だがここのお告げは決して誤ることがないと、メンフィスの神官が言っていた。誰の口からそのお告げを受ければよい?」
「どういうことだ?たばかられたのだろうか。」
「太陽の神殿なので天井や屋根がなく、また、天の神から直接霊感を授かれということではないでしょうか。それがエジプト式、いや、この砂漠にまします神のなされようなのでは。」

王の家臣らが思い思いに発言する。

「そうなのだろうか?」王はしばらく立ち尽くしていた。「ならば俺はもうすでに託宣を受けたのかもしれぬ。」
「はて?」
「奇しくも今日は冬至であった。太陽が南天低くその絶頂に達し、「アモンの泉」が一年で最も冷たくなる時刻に、俺はその水を一口飲んだのであった。
俺がその、母の胎水のごとき、その淡い塩水の滋味に、うっそりとしたとき、何者かが問いかけた。「なぜここに来た?」と。
今から思えば、それはアモンの声であったかもしれぬ。或いはゼウス、或いはラーの声であったかもしれぬ。名の無い、名を名乗らぬ神、我が守護神(ダイモニア)であったかもしれぬ。その声が井戸の底からか、天の上からか、或いは俺の頭の中で鳴ったのかは知らぬが、聞こえた。
俺が黙っていると再び彼は問うた。「なぜここに来たのか、」と。俺は答えた、「己(おのれ)が何者であるかを知るために。」
彼は答えた。「ただそれだけのために、わざわざこんな地の果てまでさまよって来たのか。」
俺は答えた。「はい。なにとぞお聞かせください。」
その声は言った。「汝は人の子であり、神ではないゆえに、たとえ世界の果てまで経巡ろうとも、己が何者かを知ることはできぬ。」俺はその答えに絶望した。「それとも汝は神になりたいか?」
「はい。できうることならば。」
「ではここで死ね。」
「はい。」

そして、霊の声は聞こえなくなった。」

「それが託宣でしょうか。」
「あれを託宣といい、霊感というのであればそうなのだろう。あれは、俺には子供の頃からなじみ深い声だ。ダイモニアはこれまでたびたび俺に問いかけ、俺は答えてきた。」
「それが神の託宣であるとして、どう解釈すれば良いのでしょうか。」
「「神になりたければ死ね、」神は俺に命じた。俺は諾(うべな)い、神は黙(もだ)した。神は他心(あだしごころ)無きときは沈黙をもって答えるものだ。即ち俺は死んで神になったはずだ。」

王は王だ。目の前の王は、先刻以来、まったく変わらぬ王である。しかし、人から神になったと言うのか。

「人は死すべき者だが、神は不死なる者だ。一度死んだ者は再び死ぬことはない。つまり、一度死んだ俺は不死なるゆえに神なのである。
フィリッポスの子アレクサンドロスは死んだ。そして太陽の子アレクサンドロスとして生まれ変わったのだ。」

「王よ、マケドニアの王をやめて、エジプトのファラオとなる、とおっしゃられますか。」

「違うぞ、エウメネス。太陽の神が民族の数だけ、その言語の数だけあるのは間違いである。太陽は世界に一つでなくてはならない。そして、王は全人類に一人でなくてはならない。我が子アレクサンドロスよ、天空に太陽が一つしかないように、おまえはこれから私に成り代わり、地上にただ一人の王となれ、そう神は言っているのだ。
エウメネス。俺がこれまで観察したところによれば、エジプトには太陽神が少なくとも四柱ある。一つはラー。オンに祀られている。また一つはアトン。テーベの近く、アマルナに祀られている神だ。そしてテーベのアモン。そしてさらにもう一つがここのアモン。この地は完全に隔絶していて、その習俗は全くエジプト的ではなく、従ってもともとは、テーベのアモンとは別の、サハラをねぐらとする遊牧民の神であろう。
我々ははるばる、マケドニアからエジプトまで、世界を渡り歩いてきた。そして空に太陽はたった一つしかないのに、ここエジプトにすら、太陽神は四つ、いやあるいはそれ以上にあるらしい。さらに世界中を旅すれば、太陽神は民族の数だけ、無数にあることを知るのみではなかろうか。」

それはきっとそうだろう。シュメールでは太陽神はシャマシュ、ペルシャではスーリヤ、ギリシャではヘリオス、ケルトではルグ、スキュタイではヴェレスという。

「俺はエジプトに太守を置くつもりはない。俺が自ら、この歴史あるエジプトの王、ファラオとなる。」王は冬至の太陽を背に、真顔で言った。「エジプトの民も、ファラオの復活を望んでいる。ファラオ名は、そうだな、「メリアモン・セテペンラー・イクナトン・アレクサンドロス」とでも名乗ろうか。「セテペンラー」とは「太陽神ラーによって立てられた」、「メリアモン」とは「アモンに愛された」、そして「イクナトン」とは「アトンを愛する」という意味だ。」

ずいぶん長ったらしく、欲張りな名前だな。まさか今そんな名前を思いついたのではあるまい。今までずっと考えに考えてきたのに違いない。

王はこのアモンの地で、我らわずかな随行者を参列させて、神前においてファラオに即位する儀式を執り行い、またアモンの子としてエジプトの神々に列した。ギリシャ人はアモンをゼウスと同一視する。すなわち王はゼウスの子、半神(ヘミテオス)ともなったのである。

帰路、王はアモン神殿から真東に砂漠を横切ってメンフィスに至り、エジプトの民に自分がファラオとなったことを宣告し、王なるゼウスに犠牲を捧げ、音楽と体育の諸競技を催した。王の行宮(あんぐう)には、世界各地の使節が連日行列をなして来訪した。彼らは王がすでに平定した地域からばかり来たのではなかった。新たに地中海の覇者となった王に表敬するべく、エジプトの西隣キュレネにカルタゴ、その向かいシチリア島のシラクサ、さらに対岸のイタリアに勃興したローマ、地中海の最果て、西の方イベリアからも、はるばる使節を送ってきた。そして、慈悲深く寛大なる王よ、あなたは彼らの嘆願を何一つとして聞き入れてやらぬことはなかった。

「アレクサンドロスはアジアの王となり、エジプトのファラオとなり、アモンの子となった。
その上、金林檎部隊まで編成した。」

金林檎部隊というのは、ペルシャ人の騎兵隊が用いる槍の石突きが、金の林檎をっていることによる。ダーラヤヴァウ大王がその親衛隊として組織したのだ。これはすなわち、今後、我が王軍はペルシャ軍でもあることを意味する。

クレイトスは近頃、誰彼となく、王の悪口を言いふらす。月桂冠を捨て、黄金の冠をかぶり、ファラオの服を着た王。生きたまま神となった王。「太陽の子」を自称し始めた王。マケドニア人部隊と他民族の部隊をあわせ持った王。

それらすべてがギリシャの神々に対する許されざる冒涜であるとして、クレイトスは憎んだ。

「エウメネス、アレクサンドロスは俺に言った。これからは俺をアレクサンドロスとは呼ぶな。アメンホテプ・ラムセス・メンカウラー・アレクサンドロスと呼べと。」
「セテペンラー・メリアモン・イクナトン・アレクサンドロス、ではありませんでしたか、クレイトス。」
「アロハだろうがメンヘラーだろうが何でも良い。なんだそんな気持ちの悪い名前は。ギリシャ人のくせに。それにアレクサンドロスは、このエジプトの神アモンの像を、ゼウス像だと言い張る。しかしどうみてもこれはギリシャの神像ではない。おかしいではないかと。俺はアレクサンドロスに文句を言った。ところがあいつは何と言ったと思う。」
「さあ。」
「エジプトの地ではエジプト人らが、昔ながらの方法で供犠を献げればよく、また昔ながらの形で神を刻めば良い。そして彼らが崇めたい方法で王を崇めれば良い。それをエジプトの民が望んでいるからであり、エジプトの王である俺は、民の意向に、出来うる限り沿うべきなのだ、と。
見よ、この壁面いっぱいに描かれたへんてこな絵文字を。」
「ヒエログリフですね。しかし王は、お勅令(ふれ)には必ずギリシャ文字でギリシャ語の文を併記するようにしておられますが。」
「並べりゃいいってもんじゃない。俺にはこのヒエログリフとかいう象形文字が生理的に受け付けぬ。気が狂いそうだ。それに、エジプトの神それぞれに必ずつきまとっているあの聖なる獣ども。牛、獅子、羊、鷺(さぎ)、朱鷺(とき)、隼、鵞鳥(がちょう)、まあここらは許せるとして、鰐(わに)、猿、猫、鼬(いたち)、犬、河馬(かば)、禿鷹(はげたか)、はては聖なる虫けらども、蛇、蛙、甲虫(スカラベ)、蠍(さそり)。体中がぞわぞわして、虫唾(むしず)が走る。
あのメンフィスの、創造神プターの化身なる、聖牛アピス。ギリシャ人ですらかの「お牛様」にめろめろだ。アレクサンドロスもいの一番にあの牛に参拝し、花と真珠を献納した。あの牡牛が男性の強さの象徴であり、王権に結びついているからだと言うのだ。」

私も王とともにアピスに詣でた。アピスはナイル川に棲む野牛の中から選ばれる。全身は漆黒の毛に覆われているが、額に逆三角形の白い斑点があり、また背中にはハゲワシの羽根の形をしたツムジが浮かび上がり、舌の裏側にはスカラベの形をしたほくろがある。そして右脇腹には白い三日月の斑点があり、しっぽの先端には二つの房がある。これらの特徴がある牡牛を見つけたら、それはプターの化身であるからと、プター神の牛舎に、何十頭もの雌牛とともに飼われるのである。

アピスの歩みは占いに利用され、アピスの吐息は病を癒やし、アピスのよだれは男の精力を増すと信じられている。そしてアピスは時折メンフィスの市中を散歩し、人々に花を捧げられる。

「俺たちはここに来るべきではなかった。俺たちギリシャ人はここにきて堕落し、罪を犯した。
俺はあの牛が許せぬ。牡牛(タウロス)は拝み崇めるもんじゃない。屠(ほふ)って食うものだ。ギリシャ人のくせにナイル川の牡牛ごときにひざまづいて礼拝したギリシャ人、アレクサンドロスが許せぬ。アレクサンドロスはギリシャの神の怒りに触れて死ぬだろう。」

メンフィスに滞在していたある日、クレイトスに呼び止められ、「エウメネス、焼き肉パーティやるが来ないか。良い肉が手に入ったんだ、」と誘われた。私は最近クレイトスの言動に異常なものを感じていたので、断った。

翌朝、聖牛アピスが、殺されているのが発見された。死肉がここかしこ切り取られていた。エジプト中が騒然となった。

誰も何も言わなかったが、クレイトスが怪しい、と思っていた。

王は言った。「残念なことが起こった。これが我が同胞マケドニア人による犯行であるとしたら、この俺の顔に泥を塗る卑劣な行為である。
だが今回はこれ以上の詮索はやめておこう。俺は今、犯人捜しをしたり、処罰したりする気分になれないからだ。
かつてエジプトを征服したペルシャ王カンブージャ(カンビュセス二世)もまた、聖牛アピスを殺すという大罪を犯した故に、狂気に陥り、兄弟姉妹を殺し、帝国を失い、あげく自殺したという。誰であろうとも、かかる罪業を行うものはいずれ神罰を受けるであろう、」と。

私は、王の近臣として仕え、王が普通の人間と、普通の若い男と、何ら違わぬことを知っている。王は不死を気取っているが、王もまた死すべき身だ。死んでもなお、神ゆえに生きていると言い張るつもりのようだが。

はたして神とはなんであろうか。私たちは神を知らぬ。私たちが知っているのは人間と、人間が神を崇める生き物だということだけだ。

王は私たちと同じく父母に身体髪膚を受け、心臓の鼓動が体内に血潮を巡らせている。私たちとともに寝起きし、食べ、語り合っている。時に傷つき、病に臥せる。酒を飲めば酩酊して理性を失う。心臓が止まればたちまち死ぬ。王は今まさにここに生きている。普通の人間として。王は我々にとってあまりにも身近な存在である。

しかし実は、神とは王のような人を言うのではなかろうか。あまりにも生々しく人間くさい、実在の神。アモンの神託が、真実か否か、王の強引な解釈によるのか、そんなことはどうでも良い。私には最近そう思えてきた。