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紫峰軒

あらすじ

65歳で定年退職した主人公の男は、自分がこれまで単身赴任した日本中の町を再訪しようと思い立つ。彼がまず訪れたのは30年前に1年間だけ住んだ、筑波山の麓の栗平という町だった。 栗平は一面の桑畑が広がる、筑波山の眺めだけが立派な、貧相な田舎町だったが、今は様変わりしてビルが建ち並んでいる。 かつて一軒だけあった「紫峰軒」という居酒屋に入ってみると、亭主は健在だったが女将さんの佳枝さんはすでに死去していた。佳枝の娘・明美は商社に勤務して海外赴任していたが、佳枝が死んだあと退職して店を手伝っていた。明美は自分が子供の頃、主人公の男がこの店によく通い、佳枝と親しかったことを覚えていて、自分のほんとうの父親が彼ではないかと疑う。明美は佳枝の生い立ち、駿府藩士の家系で台湾の茶葉問屋商に生まれ、敗戦後日本に帰ってきて、家運が傾くと熱海の芸者となり、望月という栗平の地主が佳枝を妾として連れてきたこと、佳枝が望月と離縁して今の亭主の妻となったいきさつなどを男に語る。男は明美の本当の父を推理して聞かせる。また、望月が経営していた最初期のカラオケスナックのことなどを回想する。


本編

俺は会社の上司から、「おまえもはやく所帯を持て。妻子を持たないと「ほんとうの人の気持ち」というものはわからない。人の気持ちがわからなければ営業の仕事などできはしない。おまえも将来出世したければ、結婚しておけ」と言われ、そのとき初めて、仕事するにも家庭を持った方がよいらしいと考えて、上司に勧められた女と見合いし、特に不満もなかったからそのまま結婚した。
ある日、急にその上司が、二人で酒を飲もうと言い出した。終電が過ぎてしまい、帰るに帰れない。「悩みがあるなら言ってみろ」と。ははあ、この人は、面倒見の良い上司というのがやりたいのかな。なんか腹を割って打ち明けないと許してくれそうにない。俺は仕方なく話しはじめた。妻と暮らし始めたが、どうも俺は他人と一緒に暮らすのが苦手だ。学生の頃一人暮らしに慣れてしまい、洗濯ものが溜まるとつい自分で洗濯し、洗い物が干してないと干さずにはおれなくなる。料理も自分で作り、余らせたものは食べないともったいないと思うから自分で食べてしまう。おかげでずいぶん太ってしまった。自分のペースで生活ができない。困ったもんだ、と。すると上司が答えて言うには、
「おまえの悩みは変だ、世の中にそんなことで悩んでいる亭主などいない。男は外で仕事をして、家のことは全部嫁にやらせるものだ。なんだかんだ青臭い理屈をこねるやつも、結婚してしまえば結局家庭に安住するようになる。子供を膝に抱えて妻の手料理で晩酌するのが無上の幸せに思うマイホームパパと化す。身の回りのことも自分でたとえできても嫁に押しつけるようになるものだ。俺や、それに俺のオヤジなんかも、家族を心から愛していたとはいえないかもしれん。日々の仕事に疲れてろくにかまってもやらなかったのはいまさらながら後悔している。ときには酒に溺れ、博打や女にうつつを抜かしさえした。が所詮、男なんてものは、いくじのないもので、一人じゃ何もできん。弱い生き物なんだ。嫁に甘え子供に甘えて生きるものだ。家族というものはそうやって互いに非を認め許し合い、依存しあって生きるものだ。おまえどこかおかしいんじゃないか。おまえは自分がかっこいいと思ってるかも知れんが、それはただの自分勝手なわがままで、人の心を知らないだけだろ。」
そんな浪花節が俺は一番苦手だ。
「おまえはな、もっといろいろ苦労をして、人生から学ぶべきだ。おまえみたいなやつは、世の中ってものが何もわかってない。世の中ってものはそんなもんじゃないんだ。へりくつ言うまえにもっと人生の経験を積め。
だいたい、おまえは、ちゃんと本を読んだり映画を見たりしているのか。おまえの好きな映画はなんだ。日本映画でも海外の映画でもいい。どうだ言ってみろ。なんだ、ろくに映画も見ないのか、それじゃあダメだ。」
それから勝手にくどくどと陳腐な映画批評もどきを始めたので、俺は上司の饒舌を始発まで聞かされるのだと観念したら、なぜか朝四時くらいになると急にタクシーで帰ると言い出した。
「あと一時間もすれば電車が動きだしますが?」
「いいんだ。勘定は俺が払っておく。」
と言い残して上司は去っていった。意味がわからない。俺は、飲み残しの酒を飲み、食べ残しのつまみをつつき、へろへろになった酔客たちの中で一人時間をつぶす。だいたい悩みを言えと言われたからわざわざ言っただけなのに説教されたり査定に響いちゃかなわない。やはり世の中面倒臭がらず上司には面従腹背すべきだと学んだ。上司が学生運動の話をしたいときにはさせればよい。マッカーサーは偉いとか言えばうんうんとうなづけばよい。ローマやフィレンツェは歴史が古くて良いところだとか、そんな話を始めたら素直に私も行ってみたいですねなどと返せば良いのだ。

俺は妻子と一緒に食卓を囲んで晩酌しているとどうしても自分がホームドラマの中に居るような気になってしまい、どうも尻がむずむずする。それが嫌だというわけでもないが、これがおまえの一番の幸せかと言われれば違う。
子供ができるともう家が狭くて、始終泣いてやかましいし、壁も床も薄くて同じアパートの下のやつも隣のやつも次々に引っ越していった。俺のせいではない。壁が薄いのが悪いのだ。妻も、子供を育てるにはどうしても自宅でなくては都合が悪い、マンションは子供が走り回ると下の階に響いて嫌だから戸建てにしてくれというので買って住まわせた。

俺はとうとうそんな毎日に音を上げて上司に日本全国津々浦々、札幌から鹿児島まで、できるだけ遠方に転勤するような部署に移りたいと申し出た。上司は自分から単身赴任を希望するとはずいぶん仕事熱心なやつだと勘違いして、俺を取り立ててくれた。俺は営業所周りの仕事に移された。嫁には、業務命令だから逆らえない、何事も給料をたくさんもらっておまえらに楽な暮らしをさせるためだと説得した。納得したのかどうかは知らないが、文句は言わなかった。おかげで俺はせいせいした。単身赴任というやつは実際便利な言い訳だ。妻が病気だ子供が怪我だと言えば、家事を手伝ったり見舞ったりしなきゃならない。そうしなきゃ愛情や人情を知らないやつのようだ。しかし、単身赴任で仕事が忙しい、部下や同僚の手前なかなか帰れない、と言えばそれも許容される。お産だろうと入院だろうと、近くに住んでいる親兄弟などがなんとか世話を焼いてくれるのだ。妻も最初のうちは寂しがるかもしれないが、そのうち保護者会や自治会のつきあいなどで自然と交友ができて、楽しく過ごすようになるのだ。
それからというもの、六十五才の定年まで、現場一筋、営業また営業の日々。別に好きでやっているわけではないが、嫌いでもない。自分一人で顧客を回るのは得意だ。仕事と割り切れば嫌な客に頭を下げるのもへいちゃらだし、客に喜ばれれば素直にうれしいし励みになる。事務所のデスクで一日中伝票仕事だの税金の計算だのやる仕事に比べればずっとましだ。ああいう九時五時のデスクワークに比べて、外回りは確かにノルマがあって厳しいが、逆に言えば、ノルマさえこなせばある程度自分の裁量でサボることはできる。気が狂うまで働いたら勤務時間中に遊んでることもできる。暑苦しい朝礼とか上司の根性論とか会社の飲み会は嫌いだったが、結局、能力がないから群れて騒いでいるだけなのだ。俺にかまわないで欲しい。
俺は上司の下につくのも嫌だが、部下というものが俺につくようになると、部下を持つのもたちまち嫌いになった。まず第一にやつらはちっともかわいげが無い。ぐずで生意気だ。俺がやれば一時間でできることを一週間かかってもできないことがざらだ。俺がやってしまうと部下がいる意味がないし、彼らもいつまでたっても仕事を覚えないから俺はしょうがなしに結果を出してくるまで待ってやるのが苦痛だ。いらいらする。
部下を持てばもつほど心配事は増える。たいていのやつがやっているように、有能な部下だけかわいがり無能な部下はほったらかせば良いんだけど、そうすると部下の多くは無能なので、そいつらのせいで会社に損をさせちゃならないと自分でいろいろフォローする。こいつ一人を雇うのに会社はこれだけの金をかけているがこいつはせいぜいこれくらいしか利益を生んでいない。その損失は上司の俺が補填しなきゃならない。そんなふうに考えてしまう。それがつらい。むしろ部下はいない方がましだと思えてくる。つくづく組織の中で動くのが苦手だ。そもそも会社という組織がどうなろうと一社員の俺が責任を感じる必要などないのだが、どうも人より先に気苦労ばかりしてしまい疲れる。年を取ると、親しい同僚なども社内で昇進していくから、会社も案外わがままを聞いてくれて、役職とか部下はいらないからできるだけ身軽な部署に配置してくれと言えば「しょうがないやつだな」と文句は言われつつも、だいたいそういうところへ回してくれる。
いずれにせよ好きだから営業の仕事をやってたわけではない。いろんな町のいろんな盛り場を渡り歩いたり。見知らぬ町で空いた時間ぼーっとしたり。そして、自分一人の六畳一間かワンルームマンションのようなところに帰り、一人で寝るのが好きだ。俺はたぶん、遊牧民か何かに生まれて、大草原に一人で天幕張って暮らすようなのが性に合っているだろうと思う。定年まできちんと会社に貢献して妻子も養ったのだから、他人にとやかく言われる筋合いはない。今後自分のやり方に誰の説教も受けぬ。

最初に出向した町は街道筋に古くからある宿場町で、国鉄が街道に並行に走っている。木造平屋の駅舎がぽつんとあって、駅前にロータリーがある。そこにタクシーとバスがぐるぐる入ってきては出ていく。ロータリーから街道までをつなぐ道が、この町の中央通り、いわゆるメインストリートなのだが、メインストリートとか街道とは名ばかりで、土ぼこりもうもうたる砂利道、車が通るたびにジャリジャリやかましい。
鉄道も機関車が、汽笛も高く、黒煙を吐き散らしながら通り抜けるのだった。ディーゼル車なんてそんなしゃれたものはまだなかった。電化される気配すらなかった。
着任したその日に駅前の営業所から街道へ折れて、しばらく車を流してみた。町を離れるとすぐに家並みは切れて、のどかな松の並木道になり、それが地平線までずうっと続いていて、辺りは行けどもいけども、桑畑。ときどきこんもりとした鎮守の森があったり、バス停に駄菓子屋みたいなのがくっついてたり、防風林らしき鬱蒼とした木立を抜けたり、唐突にばかでかい川を越えたりするのだが、それよか他には、ひたすら畑か田んぼであり、風景に変化というものがない。こんなところにうちの自動車を買ってくれる人がどれほどいるのかと、呆れて駅まで引き返した。
宿場の通りは一見都会の商店街を思わせるが、しかし裏に回るとどこもかしこも農家だ。お店に営業に行ってお茶を飲んでいきなさいと奥へ通されると薄暗い土間があり、見上げれば太い梁に藁葺き屋根がかぶさっている。納屋を通り抜けた先は裏庭、その先は雄大な筑波山のパノラマ。
駅前通りと街道の間は、戦後に建てられた狭苦しいバラックが埋めている。線路を挟んでロータリーの反対側にはどぶ川が流れていて、あたりは田んぼと呼ばれている。風俗店や連れ込み宿などが、田んぼの中にぽつんぽつんと建っている。薄暗い中に目つきの悪いポン引きや立ちんぼなどが居て、気味の悪い、えたいの知れない一画だ。
簡単に言えば、それだけの町だ。難しく言おうとしても、これ以上難しくは言えない。こういう町が北関東にはいくらもあるのだろう。何の変哲もない、おもしろおかしくもない町だ。
下宿というのがこれまた農家の離れを改造したもので、風呂も便所も母屋続きの小屋に借りにいく。風呂は五右衛門風呂、便所は汲み取り。朝になれば鶏小屋からけたたましい鳴き声が響くから目覚まし要らずだ。夜には犬があちこちの庭に吠えて呼び合う。春が来れば鴬が枕元で啼き、まるで深山幽谷の仙人になったような気分だ。夏は蝉時雨。秋は落ち葉に埋もれ、冬はしんしんと静まりかえる。俺はこんな田舎暮らしは生まれてはじめてだった。
下宿は会社の借り上げ。朝食は農家のお手伝いさんがお盆に載せて出前してくれた。食べた後は軒下に出しておけばよかった。昼飯は駅前に数軒ある定食屋をかわるがわるに使うのだが、夜、酒でも飲んでから寝ようと思うとたちまち困ったことになる。何しろ飲み屋らしきものは、俺の下宿と駅の間の、駅前通りのはずれに一軒きり。古い農家を改造したよしず張りの茶店で、軒下に風鈴がちりんちりんと鳴っていた。オヤジはいつも道ばたで焼き鳥を焼き、中におかみさんがいて、中年夫婦の二人きりできりもりしている。あとは駅前に狭苦しい、何の肉を焼いているのだか知れない、立ち飲みの串焼き屋と、なんとか横丁に夜店のように並んだスナックや小料理屋。ロータリーに四、五軒、ラーメンかおでんの屋台が出るばかり。
で、あっというまの勤続四十余年。退職してから、久しぶりにこの町を訪れてみることにした。

関東平野は、川はあくまで広く、土地はあくまでも平らだ。荒川を越え、利根川を越え、それでも筑波山の麓にある 栗平(くりひら)はまだまだ先だ。駅に降りると、町はまったく様変わりしていた。駅舎は高層の駅ビルになっていて、昔ロータリーのあった辺りを覆うようにテラスがせり出し、向かいのデパートまでつながっている。路面は当然だがみなアスファルトで舗装してある。日本中どこでも似たり寄ったりな駅前だ。駅前通りや中央通り沿いにはビルが建ち並び、まるで見通しがきかない。俺の下宿していた農家はどうなっただろうか。良くかよったあの定食屋や飲み屋はまだあるだろうか。改札を出てもどちらに歩き出して良いかもわからない。とりあえず、地上に降りて駅の周りをぐるぐると回って、少しずつ記憶をたどってみることにする。

俺は退職したら、日本中の山に登り温泉巡りをしたいと妻に言ってみた。蓄えも年金もそこそこある。家でごろごろされるよりはと思ったのだろう。妻は、どうせあなたが貯めた金なのだからあなたの好きにしなさい、でももちろん、私も連れて行ってくださるんでしょう、と言った。俺は確かに山歩きが趣味であるし、温泉も好きかと言われれば好きだが、俺がほんとうにやりたいことというのは、俺がこれまで単身赴任で回った町を、一つ一つ再訪することだったのだ。
観光地に ひとけが絶える年明けを見計らい出かけることにした。
「筑波山に登りに行く。水戸あたりに二、三泊してくるかもしれない。茨城に温泉なんてあったかな。ま、ともかくあれば寄ってくる。」
嘘は言ってない。山や温泉にも行く予定だが、温泉旅館に泊まる気はない。栗平駅前のビジネスホテルに泊まるつもりだ。
水戸は天下の副将軍の城下町だから、綺麗だが潔癖すぎて俺には向いてない。栗平のような猥雑で混沌とした町が好きだ。
俺はまた、旅館よりも駅前のシングルベッドのビジネスホテルが好きだ。ちょうど自分一人分のサイズが気持ち良い。広い家など俺には要らない。一度、妻にせがまれて、親子四人で旅館に泊まったことがある。みんなが大広間で食うような安い宿ではない。料理を部屋まで運んでくるのだが、一度に全部持ってくればよいのに一品一品運んできては「失礼します」と、ふすまを開け閉めしやがる。俺はただいらいらして仕方なかった。世の中にはそうやって、でんと床柱を背に一族郎党の前に座って、女給にかしずかれながら飯を食うのに特別に金を払いたがるやつがいるのだ。だからそんなサービスがある。まっぴらごめんだ。そんなことするくらいなら立ちのみ屋で立ったまま食った方がましだ。
俺が水戸か筑波かなどと言い出したもんだから、どんなところへ旅行につれていってもらえるかと期待していた妻は明らかに落胆して、関心を失ったようだった。「どうぞ、あなた独りでいってらっしゃい。」
俺も無論独りで行くつもりだった。

俺は栗平駅前のかつては泥んこ道で今は小市民的に舗装された横丁を懐かしみながら蛇行し、当時一軒ぽつんと建っていた、例のよしず張りの店の場所まで来た。そこには五階建ての雑居ビルが建っていた。一階に居酒屋が入っていて、「紫峰軒」という暖簾に書かれた屋号も昔のままだから、建物は建て変わったが、あれから三十年ほど同じオーナーが営業を続けているものと思われた。店の開くまでまだ少しだけ間があったから、俺はさらにあちこちぶらついて時間をつぶすことにした。駅の裏側にも行ってみた。こちらはマンションが密集していて、やはり見通しがきかない。俺がかつて下宿した農家の方へも行ってみた。もはや跡形もない。でかい大手チェーンのスーパーが建っていた。
開店時刻に戻ってくると、亭主らしき男がでてきて暖簾をサッシの外にかけている。ははあ。記憶はおぼろげだが、確かに昔と同じ男だ。俺はさっそく中に入る。男に「いらっしゃい」と声をかけられる。
中はコの字カウンターになっていて、奥に厨房があるらしい。壁や天井のすすけ具合や品書きの紙の色、天然木でできたカウンターの使い込み方などからして、あのよしず張りの店をこんな具合に改装してから、二十年は経つのではなかろうか。それなりの歳月を感じる。
適当に酒と料理をみつくろって、なおも様子を観察していると、俺よりか年寄りくらいの客が少しずつ入って来た。いずれも着古した地味な普段着を身につけている。年金暮らしのヒマなじいさんばかりだ、と思ったが、そういう自分も同類だと気がついて、一人で苦笑した。お互い顔なじみらしく、競馬新聞を読んだり、テレビニュースを見ながら与太話をしている。
こういう連中の中には、ほんとに年金でかつかつに暮らしているじいさんもいるが、中には地主や金持ちもいる。オヤジ狩りにあわぬように、わざと安物や古着を身につけているのである。そういう連中が飲み食いするものは身なりのわりには奢っているし、がっついてない。飲み物はだいたい生ビールだがそれを半分ばかり残す。食い物はまったく食べないか、食べるとしても小鉢のようなもの。ほんとに貧乏なやつは、酒はコップすれすれまで注いだ焼酎か日本酒で、それを大事そうにちびちびすすりながら飲むから、すぐわかる。そういう連中が焼き鳥焼き魚など、場合によっては丼物などでしっかり食事を摂るのは、自宅で飯を作ってもらえない独り身だからだろう。そうやって、別に言葉を交わさず、はたで観察して、金持ちじいさんか貧乏じいさんか、大家族か独身か、商売は何やってるのか推量しているだけでも、案外と酒の肴になったりする。
客は二、三人ばかりになったのだが、昔いたはずの奥さんの姿がない。昔は旦那が焼き場で調理して、奥さんが鍋から煮込みを出したり、氷水に浸したビールを栓抜きで開けたりしていたのだが、今はそれを全部亭主一人でやっている。奥に引っ込んだり、カウンターで客の応対をしたり、忙しそうだ。全部席が埋まったら、さぞかし忙しいことだろうと思う。なんか変だ。
俺は、嫌な予感でのどのあたりがにがくなってきた。
奥さんは、たまたま今日休みなのだろうか。遅れてくるのだろうか。それとももう亡くなったのだろうか。俺がもう六十六なのだから、彼女もとっくに七十過ぎ、ひょっとすると八十、死んでしまっていても、おかしくないのだ。俺は亭主がなじみの客と家族の話でもしないか、何か手がかりはないかと思って知らぬ顔で聞き耳を立てていた。でも、それ以上のことはわからない。ただその静かな感じが、なんとなく、ある種の事実を暗示していた。以前は奥さんが亭主をほったらかしで休むことなど、一度もなかったのだから。

昔この店にはトイレがなかった。
しかし、酔客たちはさかんに席を立って、外に出ては戻ってくる。
俺はおかみさんに「便所はどこでしょうか」と聞く。
「大かい、小かい。小なら裏の畑でしておいで。大なら、駅の公衆便所までいかなきゃならないよ。」
「いや、小ですけどね。でも、そんな人んちの畑に立ち小便して、お百姓さんに怒られませんかね。」
「何かまわない。ここらはずっと昔はうちの畑だったんだ。何にもなかった。ただ桑畑だけが広がっていたんだよ。裏の桑畑もうちのもんだよ。」
「ははあ。つまり、鉄道が通って、後から桑畑の中に町ができたというわけだね。」
「その通り。」
今は、道ばたで小便してたら、たちまち警察に通報され下手すりゃ前科者だ。しかし昔はそもそも店にトイレなんてものが付いてるほうが珍しかった。ついてはいても、たいてい狭くて汚い。昔は飲み屋と言えば、形が悪くて狭い半端な土地を利用した立ち飲み屋か、土地を持たずに店を出せる屋台だった。まともな家賃を払うような店舗ではない。当たり前だが、そういうとこにゃもともとトイレなどない。その辺の塀か線路で適当にやっとけ。だから飲み屋街はたいてい小便臭かった。いわゆる小便横丁だ。到るところそんな雰囲気だった。今は、トイレも下水施設もないところに屋台を出すなんて不衛生なことはできなくなったのだろう。再開発とか条例とか営業許可とか地権者とか近隣住民とかの関係でまったく街中から閉め出されてしまった。しかたがないが実に残念だ。

俺は、亭主におそるおそる尋ねた。
「昔はこの裏は、たしか桑畑でしたね。」
今その場所は駐車場になっていた。一時間二百円、二四時間千二百円のコインパーキング。
「そうだね。お客さん、昔この店に来たことがあるのかね。」
「ええ、もう三十年ばかりも前ですけど。」
「そうかね。あの頃はうちも女房と二人でやっていたが、ついこないだ死んでしまってね。」
やはり、そうだったのだ。俺は感情が顔色に表れないよう押し殺した。
「こないだとはいつですか。」
「二年前だね。」
「そうですか。是非もう一度お会いしたかったな。」
「妻とは親しかったのかね。」
男の目に嫉妬のようなものが浮かびやしないかとひやひやしながら、俺は答えた。
「ええ。でもあちらが覚えていらしたかどうか、わかりませんが。」

「この店は、ワシの親父の代から続いているんだ。大正六年の創業だ。鉄道が通り駅ができる前からあるんだ。」
亭主が言うには、この店は、栗平宿から、今駅の裏に流れるどぶ川の向こうに続く脇街道の渡し場に建っていた茶店であるという。
「今の駅前通りな、狭くて少しくねっとるだろう。これはもと川の堤防の跡だ。そこの栗平橋から本街道に続く道が、脇街道だ。脇街道を、川越えて往来する連中が、筑波山を眺めながら餅や団子なんか食べて一服するところだった。」
「それで「紫峰軒」という名前がついたんですね。」
「そうだ。屋号はワシのオヤジの趣味だよ。」
「紫峰」とは「筑波山」の別名である。それでただの居酒屋にしてはやけに小難しい、古風な店名だと思った。合点がいった。
「栗平宿と言っても、わずか十戸ばかりの集落でな。他には桑畑しかなかった。ところが鉄道が通り、駅ができて、駅前に町ができるとそれがこの店まで広がってきて、いつの間にか町なかの普通の居酒屋になったんだ。そこに懸かってる掛け軸は、ワシのオヤジが書いたへたくそな山水画だよ。」
それは筑波山とその麓の田園風景を描いたらしい水墨画で、絵の腕前は大したことはなさそうだが、彼の父は、なかなか風流な趣味の持ち主であったようだ。ずいぶん黄ばんでいるので、おそらく何十年も床の間かどこかに掛けっぱなしにしてあったのだろう。
「「題紫峰田園図」という五言絶句が書き込まれてるだろう。それは、清末民初の政治家が、日本に亡命したとき、この地に訪れて残したものだ、中国政府の要人だと、オヤジは言っていたが、さて名前は陳だったか張だったか、忘れた。落款には「松壽老人」とあって、誰かの雅号だと思うがよくわからん。あんたわかるかい。」
そんなこと、わかるはずもなかった。

山麓有桑田 (山麓に桑田あり。)
郷童采果食 (郷童、果を采(と)りて食らう。)
酒家在路傍 (酒家、路傍に在り。)
孤客過休息 (孤客過(よぎ)りて、休息す。)

ありきたりの叙景詩だ。しかし俺は、その詩を読んで、ちくりと胸が痛むのを覚えた。
「桑の実酒は、まだ置いてますか。」
「あるよ。」
「じゃあ、何も割らずにグラスでください。」
俺はちょっと強い酒を飲みたい気分になったのだ。店主は一升瓶に入った深紅色の液体を、俺の前に置いたグラスの縁すれすれまで注いだ。三十五パーセント近くある酒精が喉に心地よい。ほのかに甘い匂いがした。
「いやあ。懐かしいなあ。これ今も自家製ですか。桑畑はすっかりなくなってしまったようですが。」
「ああでも、近所の農家にまだ残っているから、わけてもらうんだよ。」
「へえ。その農家は、今も、蚕を飼ってるんですかね。」
「いや、桑を植えておくと農地ってことになって、相続税や固定資産税や都市計画税が安くなる。栗とか梅の場合もある。しかし、実がなっても収穫するわけじゃない。収穫しても自分らで食べてわざわざ売らない。」
そういう節税対策があるとは、俺も聞いたことがある。
「桑もそうだ。ほったらかしさ。蚕を飼うわけじゃない。もったいないから、ワシがタダで実をもらってくるんだ。それは去年のだ。今がちょうど飲み頃だよ。梅の実もついでにもらってきて、梅酒にして出しとるよ。
桑は手入れしないと大木になっちまうからな。処分できずに、そのまんま庭木代わりに残っているところもある。」
「切り倒して薪にでもすりゃあいいんじゃないですか。」
「昔の農家ならそうしたかもしれんが、庭木を切るにも、工務店や植木屋に頼むことになるよ。今の百姓には無理だ。元気な若い衆も少なくなったし。今時の農機は、じいさんばあさんでも使えるよう、高齢化に対応しとる。しかし、木こりや柴刈りは勝手が違う。今は風呂もかまども薪は使わないし。家も建て込んできて焚き火もしにくい。切っても業者に金払って持って行ってもらうしかない。粗大ゴミと同じ扱いだ。」
「そんな時代なんですね。」
「自分で切ろうとして、怪我でもしちゃかなわんしなあ。きちんと手入れしようと思うと維持費が馬鹿にならんのだよ。ワシも、昔は百姓だったが、今じゃ体が動かんから、草取りも人に金払ってやってもらってるよ。」
「昔はたしか、まむし酒も置いてましたよね。」
「今はもうないよ。まむしは、昔は畑にいくらでもいた。駆除するついでに焼酎に漬けておきゃいいんだ。どこの農家も作っていたよ。しかし今時そんな畑はこの辺りにはないからね。」
「あの裏の畑にもいたんですか。」
「はは、たまに出たが、周りがビルだらけになっちまったからね。そのうち一匹もいなくなり、とうとう畑自体なくなっちまったよ。」

この亭主は俺を覚えてはいないようだ。そりゃそうだろう、何しろもう三十年以上経っているし、その間に客は何千何万人と入れ替わり立ち替わりするのだから。当然俺と、ここのおかみさんとの関係も、知るはずがない。

佳枝(よしえ)さんはいつも俺のことを「お兄さん」とか「お兄ちゃん」と呼んでいた。
梅雨が始まる前の、一年で一番過ごしやすい頃、たまたま営業所の改装のため、俺たちは無理矢理有給を消化させられた。俺は目新しいものもない町並みをぶらついたが、他にやることもなくて、駅の立ち飲み屋で飲み始めた。なにしろ夏至が近いから全然暗くならない。夕方近くなってから、紫峰軒へ向かった。
小便がたまっていたので、店に行く前に桑畑で済ませていこうと思い、畦に入ると、畑の中をちょろちょろ、ランドセルをしょった学童らの頭が見え隠れする。小学校から帰る途中なのだろう。桑の木はだいたい大人の胸の高さあたりまでに刈り込まれていたが、初夏の陽気で、徒長した若い枝が大人の背も隠すくらいだ。
ふと見ると、小学生に混じって、女の結った髷が見えた。佳枝さんだった。
「おや、こんなところで。どうしたんですか。」
彼女は振り返った。
「ああ、びっくりした。あなたこそこんなところでどうしたの。」
「いや、おしっこしてからお店に行こうと思って。」
「そうなの、いらっしゃい。珍しく普段着なのね。ひとり?」
「ええ。今日は一日、仕事の無い日なんで。もうだいぶ飲んでから来ましたよ。」
「そのようね。なんだか随分酔ってるみたいだわ。」
「何をしてるんですか。畑の手入れ?」
「ううん。桑の実を取っていたのよ。」
「クワの実?」
「ええ、ほら。」
そういって佳枝さんは手に持った籠を俺に見せてくれた。
俺は何か大事なことを思い出せずにいる気がしてきた。後で、不意に思い出したのだが、それは、「山の畑の桑の実を小篭に摘んだは幻か」という童謡の文句だった。そう、それとまったく同じ状況だったのだ。
「この白いのはまだ若すぎる。だんだん赤くなるけど、赤いのはすっぱいの。こっちの黒くなったのが甘くて食べ頃よ。」
確かに、よく見るとあちこちにごく小さな山葡萄の房みたいに実がなっている。
「食べてみる?」
俺は、酔客たちが盛んに桑の木に小便をかけているのを思い出した。
「いや、いいです。」
「どうして。甘くておいしいわよ。」
そういって佳枝さんは自分で食べてみせた。
よく見ると、小学生たちも、桑の木になっている実を摘んで食べているのだった。ほっぺたまで紫色にして食べている。なるほど、ああやって田舎の子供たちは桑の実をおやつ代わりに食べるものなのだ。小便を飛ばし過ぎると、桑の実にかかってしまうな。かわいそうだから、できるだけ地面にかけるようにしなくては。
「ほら、あなたも食べてごらん。」
そう言って桑の実を指でつまみ、こんどは俺の口元へ持ってくるから、俺は観念して手のひらを出し、そこに乗せてもらおうとした。もらって食べるふりをして、佳枝さんが見てないうちに捨てるつもりだった。ところが彼女は、直接俺の口に入れたがる。俺は子供扱いされたと思い、むっとして、桑の実ごと、その指を咥えた。彼女の指は妙に温かかった。彼女は、ちょっとびっくりしたけど、にやっとして、指を引き抜くと、前掛けで拭いた。
実を噛んでみると、口の中に甘い香りが広がる。思ったよりうまいじゃないか。
「お兄ちゃん、案外手が早いのね。」
そういって彼女の笑った顔を見て、さっきずいぶん大胆なことをした、改めて自分が酔っていることに気づいた。
俺は慌てて辺りを見回した。子供か通りがかりの誰かにみられやしなかったかと思って。
「いや、まあ。ともかく、俺はあっちの方で用を足してきますから、どうぞ奥さんはおかまいなく。」
「奥さんなんて呼び方はやめてよ。佳枝さんとか、ママとか呼んでくれない。」
「はあ。」
俺はそんな親しくもないのに、女性を名前で呼ぶのがすごく無遠慮に思えた。
「お兄ちゃんは独身?」
俺は結婚指輪をしていなかった。単身赴任中はずっとそうしていた。別に独身のふりをしようとか浮気をしてやろうとかそういうわけではない。不潔そうで嫌なのだ。勘違いされたり色目を使われたこともたびたびだった。それでも俺は、別に既婚者であることを見せびらかす必要も感じなかったから、付けずにいた。誰が始めた風習か知らないが、俺には余計なお世話だ。
「いや、妻も子もいるよ。」
「へえ。そうだったんだ。なんだつまらない。」
「もし俺が独身だったら?」
「どうもしないわ。ただ聞いただけよ。子供は何人。いくつ。」
「三歳の娘と五歳の息子。」
「可愛い盛りじゃないの。連れてきてよ。」
「無理だよ。単身赴任だからね。」
「たまには奥さんも子供連れて来るんでしょ。駄菓子にジュースくらいは出せるわよ。」
「来やしないよ。来ると言っても来させないよ。」
「そういうものかしら。」
「そういうもんさ。佳枝さんにも子供は居ますか。」
「子供どころか孫もいるわよ。」
「へえ。おいくつ。」
「もう四つになるかね。」
「でも見たところ、佳枝さん、まだ四十才くらいじゃありませんか。」
「四十に見えるかい。」
「ええ。」
四十にも五十にも見える。しかし、女性の年齢は若く言っておくにこしたことはなかろう。
「四十だろうがいるものはいるのよ。」
「ははあ。二十のときに子供ができて、その子がまた二十で子を産めば、四十でおばあちゃんになる計算ですねえ。」
「そうねえ。昔の人はだいたい四十か五十でおじいちゃんおばあちゃんになってたってことよ。今じゃ六十でやっとってところよね。」
俺は、会話がはずむのは楽しかったが、なにしろいい加減膀胱がやばいことになっていたから、話を切り上げて畑のはじのほうへ小便をしに行き、戻ってみると、佳枝さんはもういなかった。俺が紫峰軒に入ると、彼女は何食わぬ顔で他の客の相手をしていた。

俺が初めてこの店に入ったのは真冬の寒い頃だった。例によってあの亭主が駅前通りに面した道ばたでプロパンガスのコンロで焼き鳥やらを焼いている。俺は何本かもらって、朝飯の残りと一緒に食ったら寝ちまおうと思っていた。ところが佳枝さんがたまたま焼き物を取りに来たときふと俺と目が合い、声をかけた。
「お兄ちゃん、中で食べていきなよ。」
何の気なしに俺は、地べたの上に屋根から廂を延ばして、よしずを立てかけて囲ってある辺りに座った。
「そこは風が通って寒いからもっと中にお入りよ。」
奥の方には縁側があり中は畳敷きになっていて、座卓と座布団が並んでいる。その奥まったあたりがもともとのこの家の屋内であって、その周りをめいっぱい広げて商売をしているわけだ。中にはいろりが切ってあって、床の間や押し入れもそのまんま残っている。縁側にガラス戸を立てて、更に石油ストーブを二つほど焚いて暖かくしてあるが、ときどきすきま風が吹いて冷たい。コートを脱ぐほどではないのだ。
「ああ寒いねえ。私もあったまらせてくれよ。一杯もらっていいかい。」
俺は徳利に熱燗をつけてもらい、佳枝さんに一杯注いでもらうと、「ご返杯。」と言って彼女が差し出した酒盃にお返しした。客がそうやっておかみさんに酒をふるまうのがこの店のしきたりなんだろうと思った。
「兄さん、この店は初めてかい。」
「ええ、そうです。」
「東京から来たんだろうね。」
「そうです。」
「日帰りかい。」
「いや、単身赴任です。」
「ふうん、家はどちら?」
「この道をもう少し行ったところですよ。」
「じゃあ駅前から帰る途中?」
「はい。」
「なら、ちょくちょく寄って行きなよ。途中で暖まってお帰りよ、ねえ。家に帰っても、一人じゃつまんないだろ。お兄さんには安くしてあげるからさあ。」
「ありがとうございます。そうします。」
俺が佳枝さんと最初に口をきいたのは、だいたいそんな具合だった。

ある日紫峰軒に行くと、小学校低学年くらいの女の子が奥の座卓で宿題の書き取りをしていた。ほっぺたが赤くて、だぶだぶのセーターを着た、おかっぱの愛らしい子だった。どうしてこんなところに子供がいるのかと思っていると、佳枝さんが
「あれがうちの娘だよ。」
そう紹介してくれた。孫もいるのにあんな若い娘もいるのかと、少し不思議だったが、そんなこともあるだろうとさして気にも留めなかった。またある日はその娘が店で晩飯を食べたりしていた。だんだん慣れてくると俺はその子の宿題を手伝ってやったりもした。

こういう露天の店というのは、暑ければ暑いで、寒ければ寒いで、客どうしや店員との間に連帯感のようなものが生まれる。それがビルのテナントの中にはいっちまった今の居酒屋にはない。つまらないな。
夏になれば、今度は奥の方は暗くて陰気で暑苦しいからそっちにはめったにいかない。
例によってお通しのわさび漬けと瓶ビールを佳枝さんがテーブルまで運んでくる。
「良い季節になりましたね。」
「そうですね。」
「外で食うとなんでもおいしく感じるよ。遠足みたいなものかな。」
「そりゃそうだ。外で風に当たりながら食べるから、花見の弁当はうまいんだよ。」
「飯盒で炊いたご飯にカレーとかね。」
「縁日の屋台もさ。」
「だが、焼き場をやってる旦那さんは、冬のうちはずいぶん寒かっただろうね。」
「一日立ちっぱなしで神経痛に悪いが、それが仕事なんだから仕方ない。私もなんとかしたいんだけど、このぼろ家。」
「でも持ち家ですよね。」
「そうだよ。」
「代々栗平の農家だったんですね。」
「夫はね。私は静岡の方から嫁に来た。」
「そうですか。ずいぶん遠くから嫁いできたんですね。」
「そうさ。たまたま縁があってね。」
そういえば、気にもしてなかったが、佳枝さんの口調はまるで江戸っ子のようにしゃきしゃきしていて、茨城や栃木の、東北弁にも似た、ここらの方言とはまるきり違うのであった。

駅前通りの側は人や車が通り過ぎてほこりっぽいし、すぐ土手になって上にけたたましい音を立てて機関車も走る。反対側は桑畑だから、まだ景色は良くて静かだった。
この紫峰軒という店は、だいたいこんな作りだった。

俺はだんだん日差しが強くなってきたので、外回りするのに中折れ帽を買った。仕事を終え、例によって紫峰軒で一杯ひっかけて、桑畑で小用を足してから帰ろうとしていると、佳枝さんが俺を追いかけてくる。
「これ、あんたのだろう。」
そういって帽子を差し出した。
「ありがとう。さっき買ったばかりで忘れてた。俺のだよ。」
「かっこいいね。」
「そうかい。褒められると嬉しいね。」
「うん。色がいいね。」
「どうせお世辞だろ。」
女は、みんな社交辞令で、男の服装を褒めるものだ。ほんとは別にどうでもいいくせに。
「違うわよ。」
「そこの雑貨屋で売ってたんだ。欲しけりゃ、あげるよ。」
「ほんとに。」
なんだか、ほんとに欲しそうな顔をしてるので、俺は全然惜しい気がしなかった。佳枝さんに帽子をかぶせてやると、彼女は両手でつばをつまんで、
「どう似合うかしら。」
といいながら、両腕をそのまま俺の肩に下ろし、俺の背中で腕を組んだ。変な真似しやがるなと思ったが、素直にうれしかった。
「うん。俺はまた別に新しいのを買うから、気にしなくていいよ。」
「ありがとう。」
そう言ってもたれかかり俺に体重を預けてくるもんだから、俺もなんだか、彼女の胸があたるのが気持ちよく、酔った勢いで、彼女の首筋にキスした。そしたら急に口を吸われた。吸われちゃ仕方ないから俺も吸いかえす。俺はされるがままになりながら、佳枝さんを桑の木の間に押しやり、辺りにひとけがないか、見回した。
佳枝さんは、目をとろんとさせていた。それが年の割に、妙に色っぽかった。
「あまり遅いと怪しまれるぜ。」
「いいのよ別に。」
「良かないだろ。」
俺は小心者なので、気が気でなかった。
体をひきはがして、落ちた帽子を拾い、泥を払って手渡すと、桑の枝に引っかけてほどけたのか、頭に載せた帽子の中から髪の毛がぱらぱらと顔の上にこぼれた。
「また来てね。」
ぐったりとしたようすだ。
「うん、また来るよ。」
俺は佳枝さんが店に入るまで見送ってから、ゆっくりと用を足して帰った。

次の日も俺はまた紫峰軒を訪れたのだが、佳枝さんはまたしても何事もなかったかのように仕事をし、娘が宿題をしていた。俺は少し頭が混乱した。俺は前に桑畑であったこと、そして昨日あったことなどを思い返しながら、たぶん佳枝さんが、俺に気があるのはまあ間違いあるまい。しかし、浮気するとか、亭主を裏切るというような気もないのだろう、そう解釈した。佳枝さんは、おそらく二十くらいの頃は美人であったろうが、もう五十近くの人で、よく見りゃ皺もあるし白髪もある。しかし体型はモデルのようにすらりとしていて、遠目で見ればまだまだ美人だ。

俺はそれからほぼ毎日のように紫峰軒で晩飯を食い、酒を飲んで帰るようになった。紫峰軒の常連客たちとも自然と親しくなり、俺自身が店の常連となった。仕事につながる出会いもまれにあったが、ほぼ完全に個人的なつきあい、しかも店の中でこそ親しいが、外で何をやっているかはまるで関知しないのだった。俺はたまに会社の同僚を連れてくることもあったが、彼らは一度来てそれきり、自分で来ようとはしなかった。

栗平市に来てちょうど丸一年、そう、うちの会社はよそと違って、四月じゃなく十月に配置換えがあることが多いのだが、いきなり呼び出しをくらって、これからすぐに荷物をまとめて新しい勤務地に移るよう言われた。なんとなくそんな予感はあったのだが、やっとなじんできたところだったのに。俺にしては珍しく未練が残る。
俺は佳枝さんに一言挨拶しに行った。
「来週から転勤になりました。」
「あらそう。どこ。」
「金沢です。石川県の。」
「あら、良いとこね。北陸の、蟹やお魚がおいしいところでしょう。」
「そうらしいですね。」
「近くに寄ったときはまたうちの店に来てね。」
「ええ。きっと来ます。」
そんだけか、と思った。佳枝さんは、実にそっけなかった。にこにこして、悲しそうな表情はしていなかった。俺は佳枝さんにもっと寂しがって欲しかった。もしかしたら泣いたり取り乱したりするんじゃないかと、心のどこかに期待していた。しかしそんなことはなかった。佳枝さんにとって俺は、赴任しては異動していく行きずりのサラリーマンの一人。まあそれだけのことだと思い、栗平を離れた。それが今生の別れとなった。

とりとめもなく、亭主の昔語りに相づちを打っているうちに、店はみるみるうちに混んできて、俺と無駄話をしている場合じゃなくなった。彼一人だけでは辛そうになってきたのだが、そこへ、長ネギや大根が刺さったレジ袋を両手に抱えた、四十になるかならないかくらいの、丸顔でふっくらと肥満した女が店に入ってきて、そのままカウンターの中に入った。どうやら亭主の娘であるらしかった。ということは、俺が昔宿題を教えた子だろうか。
やがてその女は俺の目の前まで来て、俺を見ながら何やら懸命に記憶をたどっている。俺はにやにやしながら彼女を見つめ返していた。
「ああ、やっぱりあなた、昔うちに来ていた人だね。」
「そうだね、三十年前に、半年か一年ばかり。良く俺の顔を覚えているね。」
「だってあなたに私はときどき宿題を教えてもらったのだもの。」
「君は佳枝さんの娘だね。」
「そうよ。」
「知り合いに会えてわざわざ来た甲斐があったよ。」
「私のこと、覚えてるの。」
「うーん。実はよく覚えてない。髪がおかっぱで、いつも鼻を袖で拭いてて、テカテカだったことくらいしか。」
「嫌ね。変なこと思い出さないでよ。」
「子供の顔や声なんて、成長するとまるで変わってしまうからね。わからんよ。」
「母さんも、ぴんぴんしてたのに、突然死んでしまったわ。」
「病気かね。」
「そう、肺炎にかかって。風邪引いてから、三日ほどで危篤状態になって。私も東京から慌てて帰ってきたけど、もう意識が戻らなくてね。そのまま死んじゃった。」
「怖いねえ。老人は、迂闊に風邪もひけやしないな。」
「でも、長患いしたり、惚けたりしなくて良かったわよ。」
俺は実際その娘の顔をまるで思い出せない。今見れば、なるほど佳枝さんの面影が確かにある。だが、佳枝さんは娘ほど太っちゃいなかった。面長で腕も足もすらっとしていた。
「しかし、君はよく私を覚えていられたものだ。勉強を手伝ってやったのは、俺も覚えちゃいるが。」
そうすると、その女は、意味ありげににやりとした。
「おじさん、今日はヒマなの。ゆっくりしていきなよ。おじさんと後でさしで飲みたいからさ。話し相手になってやるよ。」
親譲りなのか、口の利き方が佳枝さんに似てる。ずけずけと遠慮がない。だが俺も佳枝さんの娘と話ができるのは嬉しい。河岸を変えるより、ここでちびちび飲んでいようか。
「いいよ。」
「二時間ばかりで、すぐにヒマになるからね。」
そういってその子は俺のグラスにビールを注いで、もう一本栓を抜いてくれた。

さっきから見ているとこの店には年寄りしかよりつかない。女っ気というとカウンターの中の彼女一人だけだ。
俺は周りの客の会話を聞くとは無しに聞いていた。たわいのない話が多いが、一人でだまって酒を飲んでいるといいかげん飽きるから人の話を聞いたりするのだ。ときどきテレビのドラマよりかは、ずっと面白い話を聞くこともある。目はぼんやりテレビを眺めていた。野球中継には何の興味もないが、他に目のやり場がない。
老人の話というのはだいたい病気と病院の話だ。自分の主治医だったなんとかという先生が病院を移ったからそちらに自分も転院したとか、新しい病院の方が若くて上手な先生がそろってる。こないだも薬をもらうのに何時間待たされた、新しい病院ではすぐもらえた。まったく、あの病院は良い病院だとか。朝起きたら病院行って夕方飲み屋で知り合いとくだをまいて家に帰って寝る。通院のない日は懐と相談しながら昼カラかパチンコ。まあ彼らの日常というのはだいたいそんな風にできている。
六十過ぎて七十過ぎていても、顧問か何かで給料をもらい続けるやつも中にはいる。まだ現役のつもりで気も若く羽振りも良い。だいたい金を持っている年寄りは助平だ。いや、金をもってなくても助平には違いないが、金を持ってる年寄りは手に負えない助平だ。そういうやつらはだいたいこういう店にいる妙齢の店員をくどくと相場が決まってる。
「こないだ、箱根湯本に泊まってね。」
「ええ。」
「得意先の接待で、温泉旅館とゴルフ。」
「まあ定番よね。」
「それで、二日目は仙石原にゴルフに行ったんだ。」
「そう。」
「すごい雪で。しかも突風が吹いてて寒いんだ。」
「あら。」
「球なんてぴゅーっと曲がってあさっての方に飛んでっちゃう。うまい下手もない。風が強すぎて。そのうえ何しろ山の上で、わかるかい、山は上に行くほど寒いんだ。標高が高いから寒くて寒くて。」
「わかるわよ。私、山には詳しいのよ。」
「そうか、確か君は、しばらくスイスで働いていたんだっけ。」
「高原だと、夏は涼しいでしょうけどねえ。冬に山の上でゴルフするなんて。よっぽどゴルフが好きなのね。」
俺は真冬の仙石原を想像しただけで寒気がした。他人の趣味に文句を言う気はないが、ゴルフのどこが面白いんだか、気がしれない。
「まあね。雪も本降りになって、視界も悪くなったから、途中でやめて、山を下りてきたんだがね。アケミさんゴルフもやるんだったよね。」
「やりますよ。」
「スポーツはテニスからゴルフから、スキューバまでなんでもやるからなあ。あとはボーリングとかか。」
「今度またやりますよ、みんなで。」
「お店の客集めてやるんだっけ。」
「そうですよ。楽しいわよ。シゲさんもやるんなら、そこの壁に張ってある紙に名前書いておいて。」
「うーん、ちょっと予定があうかわからんな。も少し後になってから、決めていいか?」
「いいですよ、別に。」
「ところでアケミさん。もう今年はスキーに行ったのかい。」
「ええ。先週末。」
「どこに。」
「蔵王に、二泊三日。」
「雪はどうだった。もう積もってたかい。」
「ええ、もう二メートルくらい。」
「そりゃ十分だな。こないだ俺が買ってやったダウンのスキーウェアは着てみたかい。」
「ええ。さっそく着させてもらったわ。」
「実はね、近場にもいいスキー場があるんだ。ふわっふわのパウダースノーでね。日光の方。日帰りできる。しかも温泉まである。」
「あら、いいわねえ。」
「眺めもいいんだ、男体山やら白根山、中禅寺湖も見える。こんどアケミさんもいかないか。」
「そうね。予定が空けられれば、行ってもいいけど、いつになるのかしら。」
「あんまり遅くじゃ雪も融けちまう。スケジュール調整したらすぐ連絡するよ。」
「わかったわ。」
店の女はアケミという名前らしい。客はシゲさん。アケミさんはシゲさんとスキーに行ってしまうのだろうか。二人きりだろうか。みんなとだろうか。他人事ながらすこし気になる。
「今年は雪が多いらしいね。」
「ほんと、震災と大雪で、たいへんよね。」
「まったくだ。」
それからずっと震災の話が続いた。俺は向こうのシゲさんと、延々としゃべっているアケミさんのおしりを眺めていることにした。
俺はときどき、邪魔にならない程度に彼女に話しかける。
「あなたアケミさんというんだね。」
「そうよ。」
「ビールをもう一本ください。あと、ウルメイワシもね。」
「はい、ちょっと待ってね。」
「あなたはもう四十かね。」
「失礼ね。私はまだ十八よ。」
「未成年のわきゃないだろ。さっき客に注がれた酒を飲んでた。それに、三十年前に小学生だった。」
「永遠の十八才なのよ。」
女性に年を聞くなどばかなことをしたものだ。どうも俺は話題が貧困だな。

「父さん、あとは私がやるから、あがっていいよ。」
彼女がそういうと、亭主は前掛けをはずして帰り支度を始めた。女はすかさず暖簾をしまう。
「こうしておきゃ、新しく客は入ってこないからね。」
「入ってきたいやつは勝手に入ってくるだろう。」
「いいの。今日はもうおしまい。来たら追い返すから。」
「ずいぶん早じまいなんだな。」
「親子二人でやってるからね。体が持たないよ。父さんがランチと早番。私は遅番。」
いったい俺とどんな話があるというのだろう。他の客がいなくなると、彼女はラベルのついてない、透明の液体が入った、手押しポンプ付きの四リットル入りくらいのペットボトルを持ち出してカウンターに据えた。
「そりゃ、業務用の甲類焼酎か何かかね。」
「ホワイトリカーだよ。」
「そうか。それで梅や桑の実を漬けるんだね。」
「そうさ。」
彼女は薬罐に沸かしたお湯を自分の酒に注いだ。
「お湯割りで飲んでうまいかい。」
「はて。私ゃ酒は酔えりゃあなんでもいいんだよ。さあ乾杯。」
「乾杯。」
「今日は飲むわよ。」
彼女はカウンターの中の丸い穴の開いたパイプ椅子に座る。
「馬鹿に楽しそうだね。」
「母さんはね。いつもあんたのことを「お兄ちゃん」「お兄ちゃん」って呼んでたよ。ずいぶん気に入られてたみたいだね。珍しかったから私も、あんたのことを覚えていたんだ。」
「そうかい。」
「ねえ、母さんとは何があったんだい。」
「何もありゃしないよ。」
「うそ。母さんはあんたの話をするときとても嬉しそうだったんだから。また来ないかなあ、っていつも言ってたよ。」
「ずっとかい。」
「ええ、ずっと。なんで来てあげなかったのよ。」
「いや、だから、ほんとに何にもなかったんだ。」
「でも何かはあったでしょう。」
俺は弱ってしまった。あの程度のことなら、男なら誰しもあるだろう。
「あんた、桑畑で母さんとキスしてたでしょ。」
おや、あのときのことか。桑の実を食べてた小学生の中に、彼女がいたのだろう。
「あれは正確に言えば、ただちょっとふざけて佳枝さんの指をくわえてただけだ。」
「そんだけ?そんなわきゃないわよね。私、他にもいろいろ見てるわよ。」
心当たりがありすぎて困る。
「うーん。君のお父さんには言わないでくれるか。」
「もちろん。いままで父さんにも母さんにも、何も言ってないよ、私。」
「一度だけキスしたことがある。」
「はあ?それだけ?」
「ああ。」
「ほんとに?」
「いや、そういや二度くらいしたかな。」
「ハグは?」
「それは、抱擁するということか。」
「そう。」
「まあ、そのくらいはしたかなあ。」
俺はできるだけ曖昧に返事した。
「田んぼの方にはいかなかったの。」
「田んぼって、あの連れ込み宿のあった辺りのことか。」
「そうよ。」
「馬鹿な。そんな二人でどこかにでかけたことなんて一度もない。」
「好き合ってたんでしょ。」
俺は苦笑いするしかなかった。そうだったかもしれん。
「あなた、母さんのことを、どのくらい知っているの。」
「大して知りはしない。三十年前、もう四十代で孫がいるってことは聞いたが。」
「他には。」
「聞いてない。」
「あなた、ほんとは、私が生まれる前にも母さんに会ってるんじゃないの。」
俺はさすがにあきれてしまい、疑い深そうな彼女の顔をまじまじと見つめてしまった。
「いきなり、どうしてそう思うんだ。」
「私、あなたがほんとは自分のお父さんじゃないかって、ずっと思っていたのよ。」
「そんなことはあり得ないよ。君、さっきここの店主のことを父さんって呼んでたじゃないか。」
「そりゃたまたま母さんがあの男と結婚したからで、あの男と母さんの間に、私が生まれたとは限らないわ。」
「その、店主や、佳枝さんは何と言っているんだね。」
「そりゃあ、私が父さんと母さんの実の子だって言っているわよ。でもそれはたぶん嘘。」
「どうして嘘だと思うんだい。」
「うちの店の客が酔った勢いでぽろぽろしゃべるからさ。」
「へえ。何というんだい。」
「その話を聞くと長いわよ。」
「かまやしないさ。」