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マラズギルトの戦い

ローマノス4世ディオゲネースは我が名にちなむローマノス3世アルギュロス家のような面目無い皇帝には決してなるまい、バスィレイオス2世のような皇帝になろうと、用意周到に軍勢を調達した。カッパドキアから連れてきた彼の直属軍団。ノルマン人の傭兵。ローマ市民兵。さらに協力要請に応じた、アルメニアやアナトリアのテマから派遣された援軍。ローマノス軍はそれらの連合軍であった。古来ローマが得意とする、戦力の一斉投入。オーバースペックと思えるほどの大軍を一度の会戦に投入することによって、争乱を一気に解決する。長い目でみればその方が安上がりなのだ。

対して、むこうのトュルク軍はたかだか数千の騎兵しかいない。モンゴル人にしろ、女真族(後の満州族)にしろ、遊牧民族というのは恐ろしく少人数である。トュルク人もおそらく同様だっただろう。その勃興期にはわずか数千人程度で、広大な領土を征服する。中華人民共和国が成立したときの調査では、満州族はわずか一万人しかいなかったそうだ。

ローマノスが戦う前に勝ったも同然と思うのもあながち間違いではなかった。

しかしローマノスは詰めが甘かった。ドゥカス家から派遣され、ローマノスに同行した副皇帝のアンドロニコス、つまりヨハネスの息子は、どうしようもない戦の素人だった。ドゥカス一族は本来船乗りであり商人であって、だれ一人として軍務経験者がいない。ローマノスは現時点でその実態を良く知らない。かつ、アンドロニコスが今回の作戦における、この二連要塞の連携の重要性について、深く認識していないことについて、ローマノスはあまりにも無頓着だった。軍人にならば特に説明の要らぬことでも、このアンドロニコスには「いろはにほへと」から、噛んで含めて説明してやらねばならない。しかしその手間を、久しぶりの故郷カッパドキアで舞い上がってしまったローマノスは、すっかり忘れてしまう。

ローマノスは皇帝となって初めてカッパドキアに帰郷する。イケメン皇帝ローマノスが地元の女たちにもてまいことか。たちまち接待攻めとなって、武将たちと戦勝の前祝いが始まる。「カッパドキアで作戦会議を行う」と言われて呼び出されたアンドロニコスは、その席がすでに飲めや歌えの、男も女も裸同然の乱痴気騒ぎとなっていたのに呆れる。

「叔父上。作戦はいかがなさるのですか。」

アンドロニコスの父ヨハネスはローマノスの義兄に当たるので、ローマノスはアンドロニコスの叔父なのだった。

ローマノスは、はっとして振り向き、口を開く。

「良いかな、アンドロニコス。我らはすでにヴァン湖北岸に要塞を二つもおさえている。一方敵は少数の孤軍であって砦もない。我らが圧倒的に優位だ。敵を侮らない限り、負けるということは考えにくい。
あなたは、ヴァン湖畔アフラート要塞に入りなさい。私は、内陸のマラズギルト要塞に入る。敵は、まず、あなたの要塞か、私の要塞か、どちらか一方に攻めてくるだろう。もし、あなたのアフラート要塞に攻めてきたら、私が救援に行く。もし、私のマラズギルト要塞に攻めてきたら、あなたが救援に行く。そうすると敵は挟み撃ちにあって、退くから、それを追撃すれば良い。おそらく、一番近くの拠点アレッポまでセルジュークは逃げる。それを追ってアレッポの攻囲戦となろう。アレッポが落ちればそれでよし。ダメでも、こちらに有利に講和すればよい。
あまり考えにくいが、もし、敵が二つの要塞に同時に攻撃を仕掛けたら、各個撃破しつつ合流して敵を追撃しよう。もし、敵が我らにおそれをなし戦わずして退却したら、やはり追撃すればよい。持久戦に出たら我らは籠城する。彼らにはこれ以上持ち駒がない。必ず向こうが待ちきれずに、仕掛けてくる筈だ。
それ以外のパターンは、おそらくあるまい。おわかりいただけたかな。」
「はい。」
「いずれにせよ、今回の戦いは、敵の軍勢が少なすぎて、勝つか負けるかというよりは、我々がどこまで彼らを追撃できるかが問題だ。つまり、アレッポか、バグダードか、それよりも先か、どこまで我らは遠征軍を派遣できるのか。もしかするとアレクサンドロス大王以来の大遠征になるかもしれん。名高いガンダーラの美酒に酔いたいものだ。ははは。」いまだ子供のような顔つきのアンドロニコスを励ますつもりでローマノスは続ける。「私もあなたくらいの年から戦場に出た。初陣は誰しも緊張するものだ。ともかくも、あなたの初陣が負け戦になる可能性はほとんどない。もう少し、気楽にかまえて、この戦いを皮切りに、だんだんと戦績を重ねていって、将来立派な将軍になられるとよい。」

アンドロニコスは、少しほっとした。張り詰めていた気持ちがゆるんだ。もしかしたらこの人は、ほんとうにバスィレイオス2世の再来なのかもしれない、などとも思える。

「それで、どうかね、我が甥っ子どの。カッパドキアの女はみな美人だろう。誰か好みの娘はおらぬかな。気に入ったらコーンスタンティヌポリスに連れ帰れば良い。よりどりみどりだぞ。軍議の続きは、おなごを抱きながらやろうではないか。」

ローマノスはいたって上機嫌。こうした蛮行は軍人の習い。一方、アンドロニコスは多感な少年。目のやり場に困る。彼には今はブルガリアから連れてこられた新妻マリアのことしか頭にない。彼はさっさと退席し、ローマノスは朝まで飲み明かした。翌朝、ノルマン人の傭兵らがいるマラズギルト要塞にはローマノスが、ローマ兵が守備するアフラート要塞にはアンドロニコス・ドゥカスが入った。

さていよいよ、ローマノス軍とアルプ・アルスラーン軍の戦闘が、マラズギルト要塞で始まる。歴史に名高い、マラズギルトの戦いである。アナトリアにおけるトュルクの歴史と、九回にも及ぶ十字軍の歴史が、この戦闘から始まる。

もし、このとき、ローマノスが故郷に錦を飾って浮かれていなければ、東ローマ軍が勝っていただろう。また、もしセルジューク軍が、マラズギルト要塞ではなくてアフラート要塞を先に攻めていれば、アフラートをアンドロニコスが持ちこたえている間に、マラズギルト要塞からローマノス軍が出てセルジュークを挟撃し、やはり東ローマ軍が勝っていただろう。そもそもアンドロニコスが副将でなければ、ローマノスは楽勝していただろう。しかし彼は、とことんツキに見放されていた。

アンドロニコスは、ごく普通の、文弱なドゥカス家の息子だった。ヨハネス・ドゥカスはしかしドゥカス家の面目を保つために、ローマノス一人に軍功を持って行かれぬために、アンドロニコスを副将軍として陣営に押し込むしかなかった。ローマノスだけでなくドゥカス家も勝利に預かったという形を取るために。ヨハネスはそういう小細工しか思いつかぬ男であった。

アンドロニコスは新妻との蜜月も飽き足らぬ少年だった。最初から戦意が乏しい。トュルク人がマラズギルトへ総攻撃を開始する。アフラートからマラズギルトへ、ローマノスを救援に向かうと、目前のマラズギルトはまさに修羅場であった。

アンドロニコスは、生まれて初めて、蛮族とローマ兵の戦闘を見た。帝都のスタジアムで、剣闘士の一騎打ちなら見たことはあった。しかし、そんなものとは比べ物にならない。

敵味方入り乱れて流れる血、転がり踏みつぶされていく死体、戦場独特の血生臭い匂い、無数に飛び交う矢玉の恐ろしげな風切り音、けたたましい蹄の音に、怒声、撃剣の打ち合う音、火花。そして剽悍で凶悪な顔付きのトュルクの弓騎兵の姿。

《もういい。俺は帰る。》彼の脳裏に、ブルガリア王女の妻マリアの顔がちらつく。怖じ気づいたアンドロニコスは全軍に告げる。

「みよ。マラズギルトはすでに陥ち、ローマノスは敵に倒された。これ以上の戦いは無駄に犠牲を増やすだけだ。」

アンドロニコス軍は、ローマノスを見捨てて勝手にアフラート要塞を撤退し始める。

ローマノス率いるノルマン人の傭兵はアンドロニコスが逃げたと聞いてパニックに陥り、あくまで籠城しようとする皇帝を見捨てて、黒海に停泊させていた船まで逃げた。ローマノス直属のカッパドキア軍も、ノルマン傭兵隊長のアレクスィオスも、こうなっては皇帝を守りきれない。トュルク軍はやすやすとローマノスを生け捕りにする。スルターンの前に引き出されたローマノスは全身泥にまみれていた。

この哀れな婿養子の皇帝に、スルターン・アルプ・アルスラーンは優しく声をかける。

「おお、偉大なるカエサルよ、ルーム人のメルク(王)よ、イスカンダルの後継者よ。我らトュルク人は、強い男を尊敬する。そなたは勇敢なエミール(将軍)であった。部下が皆逃げたあとも、自分一人、前線に踏みとどまり、全軍の指揮を執ったと聞く。並大抵の勇気ではない。
あなたは味方の裏切りにあって、我々に敗れたとはいえ、私はあなたの武勇に敬意を表して、改めて、戦いの前と同じ条件で、あなたがたと和睦を結びたいと思う。無論あなたを自由の身にしよう。これをルームとトュルクの永遠の友好の印としたいが、いかがだろうか。」
「イラン人のスルターンにして、トュルク人のベク(族長)よ。あなたこそは、寛大な名君です。私がもし勝者の立場ならば、あなたをコーンスタンティヌポリスに連れかえり、見世物にしたあげく、処刑したことでしょう。それがますますトュルク人の怒りを買って、取り返しのつかないことになると分かっていても。ローマ市民たちがそれを望むからです。私も、できることなら、ローマ人ではなく、トュルクのスルターンの家に生まれたかった。
私は我が妻エウドキアと、ドゥカス家にだまされました。今更私がコーンスタンティヌポリスに戻っても、私の居場所はありません。いっそのこと、カエサルの私を、この場で処刑していただいた方が、私はきっと楽でしょう。」

スルターンは、思慮深げにローマノスを眺め、ニザームルムルクとスレイマーンに目くばせしてから、この哀れなカエサルに告げた。

「死よりも重い罪を汝に申し渡す。汝は、これから汝の都に戻り、我が国との和平を実現せよ。さもなくば、明日にもこのスレイマーンがカッパドキアに進軍するであろう。賠償金の支払いが済み次第、釈放する。」

これではまるで、カエサルがスルターンの臣下になり、東ローマがトュルクの属国になったようなものである。ローマ皇帝が異国の捕虜になるのは、ヴァレリアヌス帝がサーサーン朝ペルシャのシャープール1世に敗れたとき以来のできごとだった。

スルターン・アルプ・アルスラーンはトュルク人なら知らぬ者のない英雄。マラズギルトの戦いは、日本人なら源平合戦くらいに有名な戦い。今トュルク人が一つの民族としてアナトリアに国を保っているのは、すべてアルプ・アルスラーンとマラズギルト戦役のおかげなのだ。

エウドキアはドゥカス家の息子たちのふがいなさにも腹を立てていたが、ローマノスがいきなりカッパドキアで愛人に子どもを産ませていたことを知り、憤慨していた。ローマノスが、釈放されてコーンスタンティヌポリスに帰る際に、身代金をもってスレイマーンの幕営に遣わされたのはアンドロニコスだった。同時にドゥカス家の長老格のヨハネスは、嫁エウドキアをセバストポリス修道院送りにし、ローマノスを廃位する。

「ミカエル、お前の出番だ。」

ヨハネスは、すでに21才に達していたコーンスタンティノス10世の子、ミカエルを正皇帝、ミカエル7世ドゥカスとして即位させる(彼はこれまでもすでに副皇帝だった)。結局ヨハネスは、兄の遺言を成就させたといえる、ただし、手ひどい敗戦を代償にして。

エウドキアとローマノスは、最初は政略結婚だったかもしれないが、肌を許しあった仲だった。それなりの情愛というものはあったのだ。しかし今や二人ともドゥカス家から排除されてしまった。ローマノスにはもはや、誰も味方がいない。彼はたった一人で抗弁したが、ヨハネス・ドゥカスが派遣したヴァリャーグ兵に捕らわれて、ボスポロス海峡を渡ることさえ許されなかった。

マラズギルト戦の最大の敗因であるアンドロニコスはあまりにもこの義理の叔父があわれだったから、厳罰には反対したのであるが、ヨハネスは、ローマノスにすでに息子がいることを重くみる。生かしておくと面倒なことになると。結局ローマノスは盲目にされ、追放される。セルジュークに耳輪を付けられていた彼は「トュルクの犬」よばわりされた。

ローマノスは、もはやどこへ行くあてもなかった。生きていく望みもなかった。

《やはりあのとき、栄光あるローマのカエサルとして、首を刎ねられた方がずっとましだった。》

そう言って、コーンスタンティヌポリスの対岸で、目の前に広がっているであろうプロポンティス海に、身を投げて死んだ。エウドキアはその報せをセバストポリスで聞き、悲嘆にくれ、喪に服した。アンドロニコスは世をはかなんで、自ら修道院に入り、一生修道士として暮らしたいと申し出たが、父ヨハネスの反対でかなわなかった。

先帝ローマノスの追放と死によって、セルジュークと交わされた和睦協定はご破算となり、スレイマーン軍が大挙してアナトリアに侵入を始める。カッパドキア、コニア、ニケーアなどは次々に陥落し、東ローマはアナトリア内陸部を完全に失う。ボスポロス海峡やアナトリアの沿岸部だけは、ヴェネツィア人が確保してくれた。

新帝ミカエル7世ドゥカスは、優しかった父コーンスタンティノスも死に、博識な才女だったエウドキアも修道院に入ってしまい、友人のアレクスィオスもまだ若く、叔父ヨハネスの言いなりになるしかなかった。

マラズギルト戦役が失敗に終わると、たちまちジェノヴァや南イタリアのノルマン人との和議は決裂し、彼らの猛攻に耐えかねてイタリア半島最後の拠点バリウム(バーリ)が陥落する。これによってアプリア、カラーブリア、ナポリなどの南イタリアの諸地域はすべてノルマン人のものになる。

アナトリアでは、本格的なトュルク人の侵攻と入植が始まる。セルジューク族だけでは人手がまったく足りないので、ますます使者を派遣して、トュルク人の親戚たちを呼び寄せる。それ以来、東ローマ帝国がアナトリア沿岸を一時的に回復したこともあったが、おおむね今日に至るまで、アナトリア半島は、トュルク人が世界中で最も稠密に住む地域の一つとなり、後にオスマン帝国発祥の地となって、今日のトュルク共和国のもととなったのである。

東ローマの失地は、アナトリアとマグナ・グラエキアだけにとどまらなかった。ドナウ南岸やアドリア海沿岸の旧ブルガリア王国やスラヴ系住民の多くが一斉に離反。辺境テマの将軍たちも、その任地で謀反を起こして、皇位や、ローマからの独立を要求したのである。

母エウドキアに似て聡明で、しかも内気なミカエルは、自分の置かれた状況に絶望する。なぜ私はローマの皇帝なのか、なぜこんなひどい国の位を私が継がねばならないのか。いっそのこと叔父ヨハネスか、ヨハネスの子のアンドロニコスに位を譲ってしまいたい。私は母と一緒に修道院にはいりたい。妹のテオドーラとゾーエーも兄や母と一緒に行きたいと願った。だが、ヨハネスはかたくなに拒否した。