またしてもネアルコスは私一人を船から追い立てるようにしておろし、慌ただしく船を南へと走らせて、去っていった。いつもせっかちなやつである。
イッソスの港に私を迎えにきたのは、15才、いやせいぜい18才くらいの少年であった。
彼は私に、アンティオコスの子セレウコスと名乗った。と言われても、私はアンティオコスが誰かを知らない。その少年は、貴公子然とした整った身なりをして、20名ほどの共の者を引き連れている。貴族の子息で、新兵であろう。ういういしい。ヒゲもまだ生えきってはいない。
「ひたいがニキビでいっぱいだね。」私はついからかってみたくなってそう言った。
「ええ。毎日ハレプ(アレッポ)の石鹸で、顔を洗っているんですがね。なかなかなおりません。」そう言って恥ずかしそうに額の汗を手の甲で拭う。
「その石鹸の町ハレプは、すぐこの近くですよ。ここからタプサコスへ行く途中に立ち寄ります。」
「そうか、じゃあ私もこの機会に、そのハレプの石鹸とやらを試してみることにしよう。」
私はセレウコスの従者に馬を一頭あてがわれた。セレウコスも自分の馬にまたがる。

「私は、ガウガメラが初陣でした。」
「ふうん。故郷マケドニアで育って、徴用されて来た?」
「ええ。オレスティスから。」
おおざっぱに言えば、マケドニアは南がエーゲ海。東と北がトラキアの深い森。そして西は山岳地帯、オレスティス。
オレスティスをさらに西へ越えると、王の母オリュンピアスの実家エペイロス。
オレスティスから南へ向かえば、オリュンポス山の麓、テッサリア、そのさらに南が、ギリシャ本土。
セレウコスがオレスティスの出身ということはプトレマイオスやペルディッカス、クラテロスと同郷、ということか。
「エウメネス、あなたは、ガウガメラがどんな戦いだったか、まだ詳しく聞かされたことはないでしょう?」少年の顔つきで、セレウコスはうっとりとした表情を浮かべ、馬の頬をなでながら、黒い瞳をキラキラ輝かせた。かの戦役の印象があまりにも強烈で、彼の心の中を占めているのらしかった。誰しも、アレクサンドロスの戦いの中にいきなり投げ込まれれば、精神に異常をきたしてもおかしくはないのだ。
「君もガウガメラの戦いのとき、アレクサンドロスの陣中にいたのか。」
「そうです。」
私に語ってきかせたくて仕方ないようにみえる。かの、ガウガメラ戦役を。ならば、語ってもらわねばなるまい。心ゆくまで。
「君の家臣らと一緒に?」
「はい。彼ら、わが一族郎党を食わすのが、私の仕事です。」
さも当然とばかりに、彼は真顔でさらりと言う。
「それは、重責だね。まだ若いのに。」
「はい。私の父アンティオコスは、かのカイロネイアの戦いで名誉の戦死を遂げました。フィリッポス王の陣営にいました。王の親衛隊の一員だったのです。王を守ろうとしてアテナイ兵が放った矢に当たり、それが致命傷となって死にました。」
「カイロネイアの戦いといえば、もう七年も前のことではないか。そのとき君はまだほんの子供だっただろう。」
「そうです。父が戦死した後は、プトレマイオスに養われました。」
「もしかして、君はプトレマイオスの親戚?」
「そうです。プトレマイオスは父の従弟(いとこ)です。」
「へえ。つまり君はプトレマイオスの従兄の子ということか。」
「そうです。」
「その縁故で呼び出されたってことか。」
「まあそんなところです。実はペルシャ王との決戦に備えて、我が王はテッサリアの傭兵を増員しようと思い立ったのです。私たちの募兵はそのついででした。テッサリア兵はエウボイア島に集結していましたので、私たちも直接オレスティスからエウボイアへ向かいました。」
テッサリアはマケドニアがギリシャ本土へ進出する途上に位置する同盟国だ。テッサリアはテーバイやアテナイよりも、新興のマケドニアを頼ったのである。
「エウボイアからイッソスまでは海路。そこから陸路で、エウフラテスの渡し場、タプサコスへ。タプサコスの南岸に、マケドニア軍の集結地点がありました。王もすでに来ていました。しかし、」
「しかし?」
「マケドニア本国や、テッサリアの増援部隊を併せても、我が軍はせいぜい五万人ほどしかいませんでした。」
「マケドニア軍にしちゃ、ずいぶんおおぜいだが。」
「もちろん私も、連れて来れるだけ大勢の部下を率いて来たのです。ですが、ペルシャ軍の本体が、アッシリアで、百万の軍勢で待ち構えているという噂で。」
「百万はさすがに盛り過ぎだろうがね。イッソスのときもせいぜい十万人くらいだった。」
「イッソスでは油断してたんですよ、ペルシャ王も!でも今度は万全の態勢で臨んできたんですよ。少なく見積もっても二十万人は繰り出してくるはずじゃないですか。でも我が軍はたったの五万。」
当たりを見回すと、従者らは馬に荷駄を載せて、すっかり支度が整ったようだ。
「話し足りないようだね?」
「ええ。続きは馬上で、ゆっくりとお聞かせしましょう。」
そう言って、我らは、イッソスからタプサコスへ向けて出立する。
海のそばまで山が迫っている。切り立った渓谷に沿った山道を、一列になって、ゆっくりと馬を歩ませていると、雲海の中に入った。
「谷底に落ちたら助かりませんよ。気をつけてください。」
「山賊でも出そうな雰囲気だな。」
「出ますよ。出るからこそ、固く武装させた家臣を20人も連れてきたんです。
南北に平行して走る二筋の、鬱蒼とした杉の樹林に覆われた山脈の間に挟まれ、人の住む世界から隔離された、世界の裂け目とも、地獄の峡谷とでも言いたくなるような、美しくもすさまじい、一筋に連なる沼沢と湿原があった。いったいいかなる神が、なにゆえにこのような地形を作りたもうたのだろうか。
もう一山越えると、やや開けた土地に出る。
「おやおや。草原が、行けども行けども黒焦げだ。」
「ええ。マヅダーヤが焼いたのです。焦土作戦です。」
「マヅダーヤが?へええ。彼の父がねえ。」私はネアルコスの船で乗り合わせたマヅダーヤの息子、アンティベロスの顔を思い浮かべた。
「えっ。誰の父ですか、その人がどうかしましたか。」
「いやごめん。ただの独り言だ。実はね、マヅダーヤの息子という少年に、ネアルコスの船で会ったのだよ。アンティベロスと言ってね。そうちょうどセレウコス、君と同じくらいの年だった。」
「マヅダーヤの息子ですって?」
「うん。もしかして知ってるか、そのアンティベロスというやつ。」
「いや全然。どんな人です。」
「なんでも、キュプロス艦隊の御曹司で、ガウガメラ戦役の後、ネアルコスの船で提督になる修業を積んでるらしいよ。」
「へーえ。」
「まあいいや。アンティベロスのことは。だが、麦の刈り入れどきだっただろう。ずいぶんもったいなかったね。」
「刈りきれるだけ刈ってしまい、残りはみんな焼いてしまいました。アレクサンドロス軍の途上にある、秣(まぐさ)や麦や稗はすべて。糧食とならぬように。」
「ずいぶんもったいなかったね。」
「そうですねえ。」
「だが、賢明な処置だ。」
かつて、グラニコス川の戦いのときは、敵将アルシテスが、領民に嫌がられるのを恐れて、焦土作戦をためらったのだが、今回マヅダーヤは、帝国領の中でも特に富裕なこのアッシリア地方を、決戦に備えて躊躇なく、存分に焼いたのだ。ただ、グラニコス戦役は5月だ。春蒔き小麦の刈り入れ前。ガウガメラは10月だったから、麦の収穫を終えて、秋の播種前だったはずだ。麦畑を更地にするのにちょうどよかったのかもしれない。
イッソスから20パラサンゲスの道のりを経て、私たちはハレプに入る。
エウフラテスやティグリス川などと併走して、カロスと呼ばれる1本の川がアルメニア山中から南へ流れ落ち、その途中の、左右の河畔に並ぶいくつもの丘を取り囲むようにして、ハレプの城壁が築かれている。その城壁は周囲が凡そ25スタディアほどの円形を成している。
エウフラテスやティグリスと違い、カロス川はハレプ市街を過ぎるとすぐに塩湖に呑み込まれ、アラビア砂漠に吸い込まれて消えてしまうという。アジアの内陸部にはよく見られる、出口の無い内陸河川の1つなのである。
城壁に囲まれた丘ごとに、砦を兼ねた神殿が築かれていて、その周りを市場や家並みが取り囲んでいる。その1つ1つが遠目で見ると、アテナイのアクロポリスによく似ている。
要するにこのハレプという町も、ダマスクのように、山並みと砂漠の間に位置するオアシスに築かれた町なのである。もしアルメニアに雨が降らなければここは砂漠となってしまうし、もしアルメニア山中に大雨が降れば大洪水を起こしてしまうのだ。つまりこのハレプという町は、この町を貫流するカロス川の水をうまく灌漑するために、太古から巧まれ築かれてきた町だと言えよう。
町の中には幾本も、カロス川から引き込まれた水路が流れ込んでいる。
「おい、見ろよ。大きな太った魚がたくさん川の中に群れている。おいしそうだな。」私は川の中に足を踏み入れ、戯れに手づかみにしようとした。ところが、魚が逃げないどころか、どんどん寄って来て、足や指に吸い付こうとする。
セレウコスは笑った。
「その魚は食べられませんよ。採ってもいけません。」
「どうして。毒でもあるのか。」
「この、ハレプを流れる川の魚は、水の神の使いであると信じてられていて、住民たちは決して捕って食べないのです。」
「水の神?」
「ええ。水の神、ダゴン。」ダゴン。聞き覚えがある。たしかフェニキア人の、有名な神の名だ。「いつも餌を撒(ま)いてあげているから、とても人間に懐(なつ)いているんです。同様に、町の中には鳩がたくさん棲んでいますが、鳩は女神イシュタルの使いであるため、捕って食べる人はいません。人々はやはり鳩に餌を投げ与えるだけ、鳩は人を恐れず、むしろ人が鳩に餌をたかられて、頭や腕を爪でひっかかれて、痛い思いをするのです。」
「なんとまあ。魚も鳩も食べられないとは、不便な町だな。」
「我が王はガウガメラへ向かう道中ここへ立ち寄り、ダゴンに一頭の黒い牡牛を、イシュタルに一頭の白い牝牛を犠牲に捧げ、勝利を祈念したのです。」
「せっかくハレプに立ち寄ったのですから、観光を楽しみましょう。今夜の宿を探すついでに、ハレプ名物の石鹸を買っていきましょう。良いですね。」そう言ってセレウコスは、私の返事も待たずに1つの丘の頂へ向かってずんずん坂道を登り始める。
神殿へ詣るための参道なのだろうか。道の両脇に、天幕を張ったり屋台を建てたりした行商人らがびっしりと並んでいる。
「そういや君はここの石鹸でニキビを毎日洗ってるって言ってたっけ。」
「ええ。エジプトでは、木の灰と羊の脂身で石鹸を作るでしょう?そのエジプト産の石鹸で体を洗うと汚れは落ちますが、獣脂の匂いが体について、とても臭いんです。自分の体臭でまるで自分が山羊か駱駝にでもなったような気分になります。」
「そんなに脂臭いのかい。」
「あなた、獣脂の臭さを知ってますか。」
「いやあ。私は漁村に生まれ育ったので、魚の脂の臭さなら、なんとなく想像できるけど。」
「まったく脱脂してない羊毛の織物を着て、雨が降ってきて濡れたときのような匂い、というか。」
「脱脂してない羊毛?はて。」
「脱脂しないほうが水を弾くんで丈夫ですが、とにかく重くて臭い。新鮮な脂は匂いませんが、古くなると強烈な匂いを出します。」
「獣脂で石鹸が作れるんなら、魚の脂でも石鹸は作れるのかね?」
「さあ。作れるかもしれませんが、ずいぶん魚臭そうですね。
でもここハレプでは、ナツメを搾った油と、その搾りかすを焼いた灰から石鹸を作る。純粋に棗椰子の実からできているんですよ。」
「しかし、どこに棗椰子の林があるのかね?」
「町の近郊は麦畑ばかりで棗椰子などの果樹園はほとんどありません。」
「例によって、アッシリアの太守マヅダーヤが焼いちゃった?」
「いえ、もともと町の周囲に棗椰子の林はないのです。マヅダーヤが焼いたのは畑や草原です。また、町なかに石鹸工場があるんじゃないんですよ。」
「石鹸工場もなきゃ椰子林もない?ではどうやって棗から石鹸を作るんだ?」
「カロス川や、その支流の上流の山岳地帯に、棗椰子の森があって、その森に住む原住民が、自分の家で石鹸を作って市場に売りに来るのです。ほらあの、地べたに座り込んで売ってるやつがそうです。」
「あれが石鹸?どれ、買ってみようじゃないか。」
それは、素焼きの壺に木の蓋をしたもので、中にはドロドロの半固形物が入っている。匂いは例の、油絵の具のような、油粘土のような、椰子油独特の匂い。

「水でふやけてるじゃないか、全然固くないぞ、この石鹸。」
「ここらじゃ石鹸と言うとみんなこんなです。おそらく大昔から、彼らは棗椰子の実を搾り、焼いて、こんなふうな石鹸を作っていたのでしょう。」
「棗椰子を栽培してるんじゃないんだ。」
「だから、自生しているのですよ、ほかの雑木と混在して。ここらアルメニアやシリアの山の中にはいまなお未開な狩猟採集民が住んでいます。山の上、森の奥は何もかもが平地とは違います。彼ら山の民は森に棲み、森そのものを崇拝しています。神殿を建てるくらいならキノコをはやしておいたほうがましだ、なんて言うんです。彼らは穀物を栽培することも、家畜を飼うことも知りません。もちろん、ハレプ市民とは違って、鳩も魚も自由に食べるそうです。」
そういうものかもしれない。アルカディアやエペイロスにも、いまなお山岳民族が棲んでいて、素朴な太古の生活を守り続けている。
「君の生まれ故郷、オレスティスもそうかい?椎の実を主食にしている?」
「椎の実食い(バラネーファゴイ)のことですね。木の実は私たちもよくおやつに食べますよ。木の実にもいろんな種類がありましてね。渋かったり、パサパサしてたり。でもおいしいやつもあります。それを臼でひいて粉にして、焼いてパンにしたり、クッキーにしたりします。」
「へえ。」
「山の中に生まれ育ち、野山が遊び場ですからね。でも、さすがにドングリを主食にはしませんよ。誰から聞きましたそんな話?」
「王の母さ。」
「ああ、エペイロス王女の。」
「そうそう。聖なる森ドードーナに棲む魔女、オリュンピアス様さ。」
「ということは、あなたは彼女にお会いになったのですか。ドードーナまで出かけて?」
「ああ。」
「へえ。それはずいぶん貴重な経験をなさいましたね。」
「まったくだよ。ずいぶんと人生の場数を踏まされたもんさ。」
「お疲れ様でした。」
「しかしそりゃそうと、こうして山の民が相変わらず町に石鹸を売りに来ているってことは、マヅダーヤも、そんな山の中に自生する椰子までは燃やさなかったと見えるな。」
「そりゃそうでしょうね。
ハレプでは、町の人と山の人では、しゃべる言葉も違いますよ。町の人々はおよそここらの国際語でアラム語を話しますが、古老などはシュメール語まじりのアッカド語も話します。ですが、山の人々は、昔ながらに、彼ら固有の言葉、アムル語をしゃべります。」
「アムル語?」
「そう。アッカド人は山の民をアムルと呼んでいました。彼らアムル人もまた、シュメール人やアッカド人らとともにこの世界に大昔から住んでいた、由緒正しい民族です。でもアムル人は山に住み、シュメール人やアッカド人のように中原で牧畜や農耕をする民には、野蛮人呼ばわりされてきました。しかしやがて質素で頑健なアムル人が、山から下りてメソポタミアの町に住み着き始めて、アムル人の中からバビュロニアのハンムラビ王や、アッシリアの王が出たと言います。」
「だが、今の時代にシュメール語を話すって?古風というより、ずいぶん浮世離れしてるじゃないか。」
「ほんとなんですよ。ハレプの住人は、太古の、ウル王朝の末裔を自称しているんです。」
「ウル王朝?」
「ええ。ウルは古代メソポタミアの都市国家の1つ。その最盛期がかのハンムラビ法典に影響を与えた、ウル・ナンム王。」
「待て待て。私は何も知らないんだ。ウルとは?」
「太古の昔、エウフラテスとティグリスが合わさって海にそそぐあたりに繁栄していたシュメール人の国ですよ。」
「えっ。しかしここはアッシリアだ。ペルシャ湾からはずいぶん離れているはずだが。」
「シュメール人だって何千年も経てば海から山に都を移してもおかしくないでしょう。」
「何千年って?」
「ええっと。私の記憶が正しければ、ウル第1王朝は今から2500年くらい前に300年ほど続いた王朝だったはずです。」
「つまりギリシャでも一番古いスパルタ王国よりも5倍も昔の話だってのか。」
「ええ。何もかも古いんですよ、ここアジアでは。ちなみにハンムラビ王がウル第3王朝を滅ぼしてバビュロニア第1王朝を建国したのがざっと1500年前です。そのときですよ、シュメール人がウルを捨ててここハレプに移住したのは。」
「ほんとかねその話は。」
「さあ。歴史なんてそんなもんじゃないですか。」
「君の言うことが正しければだよ、つまり、ここらの山の中に住んでいたアムル人が里に下りてきてバビュロニアまで出かけていってそこでハンムラビ王となった。ハンムラビ王に滅ぼされたシュメール人が入れ替わりにここにきてハレプ市民になったってことになるよね。」
「ええ。それでつじつまはあいますね。」
「なぜそんなことをするんだ、人間は。きまぐれすぎるだろ。」
「ほかにやることがないんですよ。」
「みんな、自分の住んでいるところでは満足できないんだなあ。」
「退屈が嫌いなんでしょうね。」
「それにしても、ずいぶん物知りだな、君は。」
「マケドニアを出るときからずっと、学んでいるのですよ私は。アジアの歴史について。アジアを理解せねばならないと思って。」
「なぜアジアを理解する?」
「だって、当たり前じゃないですか。アジアを知らなくてはアジアを征服することも、アジアを治めることもできないでしょう?」
「ふーん。」
この少年、王に考え方が少し似ている。王も、アジアではアジア人の王のように振る舞う、アジアの民を治めるにはまず王がアジアの王にならねばならぬ、そう常々言っている。そりゃそうだ、我らギリシャ人がギリシャ人の考え方でアジアを支配することができるはずもない。すでに先達はいたわけだ。我らもアムル人に倣ってアジアの習俗を理解し採り入れなくてはならないってことだな。
「町に住み、町の支配者となったアムル人たちは、自分たちの母語アムル語を捨てて、進んでシュメール語やアッカド語を話し、楔形文字を粘土板に記すようになったのです。」
「そして、さらにペルシャ人が、そしてペルシャ人に続いてマケドニア人という辺境の野蛮人が、メソポタミアを征服したってわけだな。」
「歴史は繰り返す、ってことですね。歴史を学ぶことは大事です。」
私は、医学を志した。本草学も学んだ。しかし、歴史を学ぼうという考えがなかった。やはり医者の息子と領主の息子では、興味の対象が大きく異なるとみえる。生まれ落ちた環境の影響はやはり大きいのだなあ。
丘の上には極彩色に彩られた神殿が建っていた。やはりアテナイのアクロポリスやエフェソスのアルテミス神殿に良く似ている。
少なくとも外観は。しかし中に立ち入ってみてぎょっとした。
安置されている神像は黒光りする石造りで、目はまなじりを斬り裂いたように大きく、見開いて、虚空を凝視している。ひげもじゃで、下半身は魚。鱗や尾ひれが付いている。しかも神殿の内壁は天井までびっしりと、大小さまざまな、魚やイカやタコ、カニやエビ、貝や珊瑚の彫刻で埋め尽くされている。まるでどっぷりと海中の世界に沈みこんだような気分になる。天井から吊され、風に揺らめく緑の布きれがまるでコンブかワカメのようだ。
「うえっ。」
「びっくりしましたか。」セレウコスは私の表情を見てニヤニヤしている。
「もしかしてこれがダゴン?」
「ええ。」
これはなんだろう。海の民、フェニキア人の趣味なのだろうか。
「王もさっきの参道を通ってこの丘に登り、ここで犠牲の牛を捧げたの?」
「ええ。そうですよ。」
「ふーん。」
ギリシャ人も彫刻が大好きで、神像や、オリュンピアの選手の像なんかをたくさん作る。ギリシャ神話にも半人半獣の神はたくさんいる。しかしながらなぜか、そういうグロテクスな半人半獣の像は造らないし、まして神殿に飾ったりはしないのだ。
「私はこの町が好きですよ、エウメネス。良く灌漑されて、美しい町でしょう。
私はなんとなく、このハレプを取り囲む山並みをみていると、故郷のオレスティスを思い出します。
ええまったく、オレスティスの民も、神殿より、キノコの生える森を大事にしますからねえ。」
シリアやアッシリアは世界でも最も文明が早くに開けたところだが、そのはざまの山間部にはいまだに、バビュロンやスーサの栄華も知らずに、何千年、何万年も前から、未開人同様の暮らしをしている人たちがいるってことに、私は軽く驚いた。
「そうだね。この町は緑が豊かで、とてもきれいなところだ。でも私はダマスクが一番好きかなあ。」
「ダマスク?どんなところですか。」
「こことよく似たオアシスの町だ。でも違うところも多い。こんなに柔和な、和やかな感じじゃないんだなあ。緑はほんとに必要最小限しかない。砂砂、また砂の世界。ダマスクは実に殺風景だが美しい。」
「よくわかりませんね。何かそんなに美しいんですか。」
「君はまだ、ダマスクにも、エジプトにも行ったことがないんだな。
ダマスクはすべてが人工的に、計画的に作られた町だ。砂の中にある町だけど水は豊かなんだ、レバノン山脈の裾野の上にあるから。
そして、町のすぐそばまでアラビアの砂漠が迫っている。典型的な砂漠のオアシスだよね、ダマスクは。
でもエジプトとかメソポタミアや、このハレプみたいに、川が砂漠に流れ込んで土地を潤しているんじゃないんだなあ。レバノンに降った雨がそのまま流れ落ちてくるから、とても水がおいしいんだ。ダマスクの水はそのまま飲めるんだよ。
日差しが燦々と緑の木立に降り注いで、夕日が砂漠を血の色に染め、紫色の雲が空を覆ったかと思うと、突如夕立が降り始め、あっという間にまた晴れて虹が出る。何もかもが極彩色にきらめいている。夏は空気が乾燥してるから、木陰に入るとひんやり涼しいんだ。冬は逆に暖かいらしいよ。」
「へえ。たしかに、美しくて、しかも過ごしやすそうな町ですね。」
「うん。空気が澄んでて、何もかもがきれいにみえる。色彩がすごく鮮やかなんだ、朝日も、夕日も、星空も。」
ハレプを出て東へ行程五日、30パラサンゲスでエウフラテス川に達する。私たちはエウフラテスを左手に見ながら、その右岸沿いに、さらに東へと進む。

「タプサコスはまだ先か?」私はセレウコスに尋ねる。
「ええ。あと3日ほどです。」
「どうやってタプサコスを渡ったんだ。マヅダーヤと交戦した?」
「いえ、全然。王が到着するまで、マヅダーヤ率いるアッシリア兵がタプサコスを占拠し、対岸にたどり着いたマケドニアの先遣隊と対峙していたらしいんです。ところが王が到着すると聞いたマヅダーヤは、急に退却してしまい、私たちはあちこちから船をかき集めてきて、舟橋を渡して、何の抵抗も受けずに五万の兵を渡しました。
対岸の畑や牧草地もやはりマヅダーヤによってあたり一面、焼かれていました。
私たちはずんずんアッシリアの奥地へと入り込みました。」
「四方敵地だが、抵抗らしい抵抗はなかった、ということか。」
「そうです。
無人の焼け野原を進んでいきました。
ペルシャ王ダーラヤヴァウがバビュロンにいないことは明白でした。彼は私たちが向かう先、アッシリアの奥、ハグマターナ(エクバタナ)にいるに違いないのです。
左手には北の、アララトを最高峰とするアルメニアの山嶺を見ながら、右手には広大なメソポタミアの平原を望見しながら。私たちは来る日も来る日も麦畑の中を行進しました。
我が王はペルシャ王をあくまでも追い、ペルシャ王は我が王を、勝手知ったる自分の本拠地深くまで誘い込もうとしていました。深い深い、アジアの懐(ふところ)へ。
私たちはアジアに吸い込まれていきました。」
「帰りたくなった?故郷のオレスティスの山河が懐かしくなったかい?」
「ええ、正直に言えば。アジアは恐ろしい。広すぎて。」
しかし、遊牧民族にとっては、こんな果てしない平原をどこまでも馬を駆って旅してまわるのが、楽しくて仕方ないらしいのだ。ペルシャ人ももとはといえばはるかかなたのペルシャ高原から馬に乗ってやって来た。それより昔はさらに東のヒンドゥークシュやバークトリにいたのだ。
セレウコスは続ける。「私たちは敵の斥候を捕まえて、ティグリス川の対岸に、いよいよペルシャ王が待ち構えていて、我らを迎撃する態勢を整えているという情報を得ました。ところが、ペルシャ王が布陣しているという河畔にたどり着いてみると、そこには敵兵の姿はまったくありませんでした。砂漠の蜃気楼のように、ペルシャ王はいつも、私たちがその居場所にたどり着くたびに、遠くへと消えているのです。
川の流れが速く、私たちは渡河にずいぶんもたついたのですが、しかし私たちを妨害しようとする者はまったく現れなかったので、私たちはティグリスも難なく押し渡りました。」
私は、グラニコス川の戦いの時のことを思い出していた。あのときも、私たちは、ヘレスポントス海峡を、敵の抵抗に遭うことなく渡り得たのである。ペルシャ人はどうも、敵兵を自分の領地に引き込む戦法を好むらしい。彼らには退却できる後背地がいくらでもあるからかもしれぬ。
わざとティグリスを私たちに渡らせる。そうすれば、我々が負けて退却したときに、ティグリスに阻まれて、彼らは我らを徹底的に追い詰め追撃できる、そういう魂胆だったのかもしれない。
「ティグリスを渡ってすぐに、私たちの先遣隊が敵の大軍と交戦しました。大軍と言っても実際には千騎ほどの規模でしたが、これによってダーラヤヴァウ王を擁する敵本体が、すぐ近く、東のアルベーラという城塞にいるということが確実に知れたのです。
ティグリスから、アルベーラという町に行く途中、リュコスという川の西岸まで、やはりすべてが焼き払われた平地でした。しかも灌木もすべてきれいに切り倒されていました。」
「つまり?」
「みんなが直感しました。戦車戦に有利なように、ペルシャ王がここを戦場に選んで、草を焼き払い、木を切り、溝を埋め、丘を削って、あらかじめ整地しておいたんだってことを!ここが運命の場所なんだってことを。」
「そこがガウガメラだね?」
「ええ。」
イッソスは、海と山に挟まれた浜辺で、兵を展開しにくい地形であったから、大軍を擁するペルシャ軍にはその多勢を活かせず、一方マケドニア軍はその少数を存分に駆使した。しかしガウガメラはそうではなかった。
ガウガメラは北のアルメニア山系から流れ出る河川がティグリス川に束ねられて平原へと流れ出す扇状地である。マケドニア軍は、いやそもそも、いかなるギリシャの軍隊も、かかる開けた地形での会戦をこれまで経験したことがない。
一方、ペルシャはいつもこのような平原の戦いに勝利して、アジアの覇者となったのである。
「多くの将校は、敵が態勢を整える前に、ただちにリュコス川を渡り、敵の本陣アルベーラを衝くべしと王に進言しました。
敵は我々の到着がこんなに早いとは思っていなかったようだ。敵に時間を与えれば与えるほど我らが不利だ。敵がアルベーラから出て、ガウガメラに布陣し隊列を整え、さえぎるものの何もない平原での会戦となれば、我々が勝つ見込みは無い。皆にはそう思えました。
ただ一人、副将のパルメニオンが、敵はアルベーラという本陣を持っているが、我々は日に夜を継いで行軍し、突然敵と遭遇し、原野のただ中で兵は疲れ果てている。まず野営地を築き、そこに輜重隊(しちょうたい)や工兵らを留め置いて、充分に休養を取り、しかるのちに前進して戦隊を整えるべきだと主張しました。王はなぜか、この時ばかりはパルメニオンの消極策を採用して、野営することにしました。
翌朝、夜が明けてみると、敵ははたして夜の間にアルベーラを出てリュコス川を越え、我らから三十スタディア(約5キロメートル)隔てた地点に、堂々たる陣形を整えて、我々を待ち構えていました。今度はこちらが敵の迅速な対応に驚く番でした。
しかしこの日、私たちは互いに対峙しにらみ合っただけで、戦闘は起きませんでした。夕刻になってパルメニオンが、夜襲をかけるべきだと提案しましたが、王は、夜襲は卑怯であると退け、明朝、正々堂々と戦いを挑むと下知しました。
翌朝、両軍とも、満を持して軍を前進させました、まるで何千年も前に記された預言書にのっとって、その筋書き通りに、魔法に操られるかのように、体が勝手に動き導かれるのですよ、ガウガメラの野に。頭の中はかえってうつろでした、むしろ思考は麻痺していました。わかりますか、この心境。機械仕掛けの傀儡(くぐつ)のように。みなが同じ心地でした。不思議と恐怖はありませんでした。逃げ出したい気持ちも。自分の運命を知らぬ、屠殺場へ引かれていく畜牛のように!
そう、誰も今日の結末をあらかじめ知る者はいませんでした。でも、数刻後には決定しているのです。死んで馬蹄に踏みしだかれているか。生きて勝利の美酒に酔いしれているか。そのどちらかが!
おそらく神の如き大王、軍神アレクサンドロスですら、この日の戦いがどう決着するか、予測がついてなかったんじゃないでしょうか。
世界戦史に永久に刻まれた、希有の大会戦、ガウガメラ戦役は、このようにして始まったのです。

敵の前面はすべて、大鎌を幾本も備えた鎌戦車でした。」鎌戦車とは、車輪にも、床下にも鎌を取り付けた戦車であり、その車輪に取り付けた鎌を回転させて敵戦車を破壊し騎馬の足を折り、地面に投げ出された敵兵を切り刻むことができるのである。「優に千台はあったでしょうね、その鎌戦車が。その戦車部隊を幅十スタディアに渡って並べ、静かに我が軍へ向かって進んできたのです。まさに鎌戦車の城壁でした。その城壁がじわじわとこちらへ近づいてくるのです。そのあまりの幅広さのため、我々は右翼へも、左翼へも、敵を避けることができません。私たちは敵の真ん中に飛び込むか退却するしかなかったのです。」
「それで?」

「ところが我が軍は、左右に散開せずに、一箇所に固まって、やはりじわじわと前進しました。敵軍もまたじわじわと戦車の左右前後の車間を狭めて、左翼と右翼を回り込ませて、我が軍は逆に左翼と右翼の両端を後退させ、やがて我が軍は、敵軍に完全に、すっぽりと包囲されました。周りを完全に鎌戦車の壁で囲まれたのです。」
なんということだろう。そんな戦闘が、これまでにあったためしはない。あろうはずがない。
「恐ろしかっただろうね、セレウコス。」
「ええ、そりゃあもう。あの、恐怖感は、あの、絶望感は、あの中にいたものにしかわからないと思います。多くの兵がズボンの中に失禁し、脱糞しました。あたりに臭気が漂いました。戦う前から気絶する者もいました。感極まって泣き出す者もいました。
ペルシャ軍は、我々の包囲を完了すると、隙間も無く間合いを詰めていきました。我々はいよいよ鎌の餌食になるしかなかった。」
「それで、王はどうしたね?」
「そこで王の新兵器の登場ですよ。」
「新兵器?」
「ええ。王は正攻法で合戦すると見せかけて、結局今回も奇策に出たのです。敵の戦術を完全に研究し尽くしていました。敵が鎌戦車を先鋒に押し立てて来ることは明らかだったのですから。
あれはなんと言えばよいでしょうか。巨大な盾を前面に押し立てた手押し車のようなもの、とでも言えば良いでしょうかねえ。鉄板を何枚も張り合わせて船の舳先の衝角のような形に仕立てて、後ろから車を押す人や車輪がすっぽり隠れるように鉄板を車体の前面と側面に貼り付けて、その車を歩兵に押させるのです。そしてそのうしろに重装歩兵が、そのうしろに軽装歩兵が、そのまたうしろに騎兵が続きました。その鎧をかぶせた装甲車を百台ばかり、楔形の陣にして押し立てて、敵の鎌戦車の一箇所へ突入させました。」
「それで?」
「鎌戦車というのは、あまり密集はできぬものですよ。またそんなに機敏にも動けません。近づき過ぎると味方どうし傷つけ合ってしまいますからね。だから割と間隔をおいて並んでいてスカスカなんです。でもスカスカだと敵に割り込まれてしまいますからね。均等の間隔を保ちながら、じわじわと、整然と前進してくる。敵は、一糸乱れぬように動ける訓練を積んだ兵士たちを投入してきたはずですよ。
でも我が装甲車は、鎌戦車に突撃して、敵の攻撃を無力化しつつ、その隙間をこじ開けていきました。」
「で?」
「やがて装甲車のくさびは、敵の鎌戦車の防衛線を貫きました。そのときでした。装甲車の列が開いて、後方の騎兵隊の中にいた王が自ら敵中に飛び込んだのは!」
「当然、王の後を騎兵隊の精鋭が続いたろうね?」
いつの間にか私にもセレウコスの興奮が乗り移っていた。

「もちろん。敵は右翼がマヅダーヤ、左翼をペルシャ王の弟ベッソスが、そして中軍をペルシャ王自身が率いていました。我が軍は、王が右翼の装甲車部隊を、パルメニオンが左翼を率いていました。我が右翼が敵の中軍にいるペルシャ王と左翼ベッソスの間に切れ目を入れたのです。」
「わかった。もう十分にわかった。」
訓練した通りに動く兵士というものは、想定外の展開になると脆(もろ)いものだ。
鎌戦車部隊が突破されたとわかったペルシャ王は、イッソスの時と同じく、撤退し始めただろう。我が軍は左翼ベッソスを切り離し、右翼マヅダーヤを相手にせずに、ただがむしゃらに中軍を追い、攻めたに違いない。
「しかし、それからが、ほんとうの修羅場でした。
敵の中軍を率いるペルシャ王は退却し始めましたが、敵右翼マヅダーヤ軍、敵左翼ベッソス軍にはまだ戦意がありました。鎌戦車の背後にいた無傷の騎兵隊と重装歩兵部隊が前面に進出してきたのです。何しろ数では我々は圧倒的に不利なのです。
私の部隊は、ペルディッカスの配下にいて、ペルディッカスは王の親衛隊長でした。
ところがペルディッカスは落馬し、瀕死の重傷を負いました。」
「ペルディッカスが?」
「ええ。指揮官をやられて、私の部下たちは浮き足立ちました。私は彼らを叱りました。うろたえるな。あらかじめ決められた通りに、プトレマイオスの指揮下に移れ、と。ところがそのプトレマイオスも矢傷を受けて、そんな大した傷でもなかったんですがね、彼はいつも慎重居士でしょう、指揮をヘファイスティオンに委(ゆだ)ね、瀕死のペルディッカスを引きずって、後退しようとしました。
そしてプトレマイオスが私に言うのです。おまえも後退しろと。
私は反論しました。今、私の部隊はあなたの命令でヘファイスティオンについています。私の指揮官はヘファイスティオンでしょう、と。
プトレマイオスは苛立って言いました、戦を知らぬ青二才め、つべこべ言わずについてこい、部下を死なせたくなければなと。また、こうも言いました、おまえはまだこれからだ。初陣で死なせたくない、と。
私は言いました、王を見殺しにしてよいのか、と。
プトレマイオスは言いました、王のことは、クレイトスとヘファイスティオンに任せておけ、と。
私は悩みました。しかし、躊躇している時間がありませんでした。結局プトレマイオスに従い、部下たちととともに下がりました。
親衛隊のその他の武将も次々に負傷し、中には命を落とす者もいました。兵卒らも多くが死にました。
しかし、プトレマイオスのおかげで、私がオレスティスから率いてきた部下たちには、さいわいにして死者はでませんでした、しかし、二度と戦場に立てぬほどに深手を負ったものが、何人もいました。」
「王はどうなった?」
「それが、全然無傷でした。雨あられと降りかかる矢玉の中、先頭切って走り回る王だけが無事なのが、実に不思議でした。神に護られていたのでしょうか。そのほか、クレイトスやヘファイスティオンらだけが、なんとか動き回れました。しかし、あのう、私がこういうのは実に失礼なのですが、」
「わかるよ、君がわざわざ言わなくてもわかる。クレイトスは剛力の者ではあるが、部下を率いるタイプじゃあない。ヘファイスティオンも勇猛な戦士だが、王と同じキャラで、自分勝手に斬り回すタイプだ。そうするとだれも親衛隊を統帥できなくなってしまう。実際、王の親衛隊の、つまりは我が王軍の司令塔はプトレマイオスなのだ。プトレマイオスが王の監視役となり、王の臨機応変な、というよりは予測不能な動きを察知し、王の意図を忖度して、部下を適所へ繰り出す。そして副王的存在のペルディッカスが王を補完している。それでなんとか我が軍は機能しているというわけだ。」
「おっしゃるとおりだと思います。」
「しかしプトレマイオスとペルディッカスが二人とも戦闘不能になると、親衛隊は統率がとれなくなってしまう。マケドニア王家の継承順位でいくと、1位がアレクサンドロス、2番がペルディッカス、3番目がクラテロスとなるが、クラテロスは棒にも箸にもかからぬ凡将なので、同じ凡将のパルメニオンの腰巾着にしておくくらいしか使いようがない。」
「ひどい言い方ですね。」セレウコスがくすくす笑う。「ですが、私もその通りだと思います。」
「ペルシャ軍は、中軍、左翼、右翼と陣形を組むだろう。しかし、マケドニア軍はそんな頭数を揃えられないからせいぜい左翼と右翼しかない。つまり、ペルシャ軍ならば王は中軍にどっしり構えてりゃいいが、マケドニア王は左翼か右翼のどちらかにいるしかないわけだ。それで王が右翼にいるからには左翼にはパルメニオンを据えるしかない。パルメニオンの役割というのは、彼に期待されていることってのは、しょせんその程度のものだ。」
「そうなんですよ。我が右翼は王に率いられ敵陣を突破して敵の外におり、左翼はパルメニオンに任されて敵の鎌戦車の包囲の中に取り残された形になった。右翼では、王は健在だが、配下の武将が次々に戦闘不能になって、勢いがない。そこへ左翼のパルメニオンから王にやけっぱちの伝令が届きました。」

「どんな?」
「我々は全滅するだろう。我が王は我々を見捨ててペルシャ王を追うだろう。王は我らを神に献げてペルシャ王を討つ。我々はマケドニアのために犠牲の牛となる。マケドニア王アレクサンドロスのために、ここで玉砕する。救援は一切無用だ。」
私は、不謹慎ながらも、ぷっと吹き出さざるを得なかった。
「で、パルメニオンは死んだのかい。」
「いえ。死にませんでした。我が王は、ペルシャ王を追撃することを諦めて、いったん、老将パルメニオンを救出するために戻ってきたのです。」
「へえ?」
意外なようでもあり、しかし王の性格を考えれば、予測できそうなことでもある。王はイッソスでも、結局はペルシャ王の追撃を諦め、ダマスクを接収することにしたのだから。王はあの奇矯な行動に比べて判断は案外現実的だ。
「おそらく、プトレマイオスはもっと早く、おそらくペルシャ軍が崩れてペルシャ王が戦意を喪失した時点で撤収を考えていたのだと思いますよ。王もやむなしと判断したのでしょう。
ペルシャ王はアルベーラへ逃げました。結局、マヅダーヤも、ベッソスも兵を引きました。
私たちは一旦野営地に傷病兵を収容し、それからリュコス川を越えたところで夕刻となったので、そこで野営しました。
翌朝、私たちはアルベーラに入城しました。アルベーラは、まるで廃墟のようでした。
何もかもがとっ散らかって、人っ子ひとりいませんでしたが、王が入城して治安を確保すると、近くの山野に疎開していた住民らが、だんだんに戻ってきました。
ペルシャ王がものすごく慌てて急いでいたのは明らかでした。ペルシャ王が残した財貨はほとんど手つかずのままに我が軍が接収しました。
