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イッソスの戦い

年も押し詰まった十一月、バビュロンのペルシャ王宮を進発した親征軍がアナトリアに向かっているとの情報が届く。

アッシリアに派遣した斥候は見てきたままを報告した。

ペルシャ王軍は船に物資を載せてエウフラテス沿いに曳航しながら陸路行軍し、タプサコスの渡し場からまっすぐ西へと行進した。

軍団の先頭には、赤地に金の、鷲(わし)の刺繍入りのペルシャ軍旗が掲げられている。ダーラヤヴァウ三世自らが元帥として臨んでいる証しである。

続くは鱗綴(うろこつづ)りの鉄の帷子(かたびら)を纏(まと)った黒マスクのメディア兵。

そして黄銅の竜飾り付きの兜をかぶったアッシリア兵。

とんがり帽子のスキュタイ兵。

馬の頭皮を被った東エチオピア兵に、豹の毛皮を着た西エチオピア兵。

或いは縞模様のターバンをかぶってラクダに乗ったアラブ軽装兵。

そして長槍を持ち、編み上げサンダルを履いたギリシャ人の傭兵たち。

「これで役者がそろった。実に喜ばしいことだ。忙しくなってきたぞ。」

王は例によって私とプトレマイオスを呼んで三人だけで軍議を開く。

「今年はもう来ないんじゃないかと思ってたよ。やつらも準備万端だ。年内に一戦交えることになる。わざわざシリアまで来て、アルシャーマをいじめた甲斐があった。」

王は揉み手をしながら本心で喜んでいるようだ。実際タルソス市民らはともかくとして、アルシャーマやペルシャの王族は怒り狂っているだろう、こんな風光明媚な土地を奪われて。

私は内心恐ろしくて仕方なかった。プトレマイオスを見ると彼もおびえているようだった。彼は言った。

「ペルシャ軍はアッシリア平原の町ソコイに入りました。ペルシャ王の王女ら、親族もソコイにいるようです。
イッソス湾にも敵艦隊の影がうようよ見えます。」

タルソス郊外の数か所に分散して駐屯していた我がマケドニア軍はキリキア最南端のイッソスという小さな漁村に集結した。この港が面する、キリキアの海が内陸へ最も入り込んだこの湾をイッソス湾というのだ。ここはおよそ、アナトリアと、シリア、アッシリア、そしてフェニキアの境に位置している。まさに緩衝地帯。手出しをしてはならない場所。世界史的大戦が勃発するのにふさわしいところだ。

ソコイはイッソスから東へ、山を越えた内陸のただ中にある町である。

「我らがソコイへ進めば、何も妨げるもののないアッシリア平原の中に全軍をさらすことになります。我らはペルシャ軍が到着するより前に、一旦アナトリア山中まで退却すべきです。我らにはまだ平原でペルシャ軍と会戦する実力はありません。またアナトリアやフェニキアの制海権もいまだキュプロスのペルシャ艦隊が握っています。」

要するにプトレマイオスは、海も平原もペルシャにとって有利であり、我らはアナトリア内陸の山間部にいるのが一番安全だというのである。また本国マケドニアに陸路で帰るに便利だと。彼の発言を王は一通り聞いてから口を開いた。

「また負けたときのことを心配しているのか?」虚勢を張っているかのように、王は陽気だ。「キリキアを手放してはならぬ。キリキアは我らが生命線だ。キリキアの奥地、アナトリアの山間部では、兵を食わせることができず、我らは戦わずして負ける。」

アナトリア一の穀倉地帯キリキアを死守する。退却はならぬ、ということか。

「ここキリキアでペルシャ王軍を迎え撃つと?」

プトレマイオスがじれたように訊いた。王は即答せず、思案を巡らすようであった。

「ペルシャ軍と我が軍の違いはなんだ?彼の弱点とは?彼らはどういう状況で戦えば有利で、どういう場合に不利か。一方、我らはどういう状況が最も有利になるか?おまえらに本当にわかっているのか?」王の問いは、私たちに対する問いかけというよりは、自説を述べる前置きに過ぎない。私たちはただ口を閉ざして王の次の言葉を待つ。「エウメネス、おまえは、ペルシャ全土からペルシャ王の命令でペルシャの王都バビュロンに帝国軍が参集し、それがペルシャ王に率いられて今アナトリアまで来ていると思うのか。」

王は私の方を見てそう聞いた。

「そうではないのですか。」

「違うよ。ペルシャは広い。いちいちあっちこっちから軍を集めたりはしない。あっちで反乱が起きたからこっちの兵を連れて行くというのでは、こっちで反乱が起きたときにあっちで対処できぬ。アラブにはアラブの、エジプトにはエジプトの、そしてアナトリアにはアナトリアの太守がいて、太守が現地で傭兵を雇って戦うのだ。諸国から選りすぐった王直属の精鋭部隊はせいぜい一万人。現地兵を合わせて全体で十万くらいの軍勢で、その大半は安い金につられて雇われた傭兵、烏合の衆よ。我らのように、十人が十人、百人が百人、ギリシャやトラキアで同じかまどの飯を食った、強い絆で結ばれた友軍でできているのではない。

今我々は、ギリシャのテーバイを討ち、そしてアナトリアを蹂躙したわけだ。今我らを憎み報復を願っているのはギリシャの中のペルシャ派。というよりギリシャ人はアテナイ人であろうとテーバイ人であろうとスパルタ人であろうと俺の敵だ。俺がペルシャ王に勝つなんてこれぽっちも考えてない。俺がペルシャに負けたら一番乗りでマケドニアを叩こうと考えてる連中ばかりだよ。それがコリントス同盟の本質だ。

それからアナトリアにいたペルシャの将軍や高官たち。俺たちがグラニコスでひっぱたいた連中。あいつらも俺を恨んでいる。やつらは俺たちが負ければアナトリアを取り返し、ギリシャ全土をペルシャのギリシャ太守として治めることができる、ともくろんでいる。だからどうしても勝ちたい。怒りと欲望に目がくらんでいる。

しかしやつらは俺たちが強いってこともよっくわかってる。トラキア人やテーバイ人に、噂には聞いていたが、信じられなかった連中も、グラニコスで負けて身に沁みてわかったはず。やつらとて二度も続けて負けたくない。」

「だから、バビュロンからペルシャ王が来る必要があるわけですね。」

「その通りだ、エウメネスよ。弱くて自信がなくてそれゆえに徒党を組む連中ほど、絶対的な権威というものが欲しいのだ。

ペルシャ王は、本当はギリシャやアナトリアのことは現地でうまく裁いてくれりゃいいのにと思ってる。帝国全土にちらばった五万といる遠い親戚のことなどいちいちかまっておれぬ。ペルシャ全体からすればアナトリアは、腕を蚊に食われたか、脛をヒルに吸われたか、せいぜい足の裏に釘が刺さったくらいのものだ。しかしキリキア、シリアとなると話は違ってくる。どてっ腹に食いつかれたようなもんさ。

あいつは、ダーラヤヴァウは、本家が途絶えたので急に担ぎ出されたのさ。バビュロンで王位についたのが七年前。ただボケっと玉座に座って、馬が飼い葉をかうように徒食してただけ。戦らしい戦はやったことはない。ろくに足腰も立つまい。王としても、元帥としても完全に無能。バビュロンに来たのも呼ばれたから来ただけ。イッソスに来たのも呼ばれたから来ただけ。

太守らが、特にアルシャーマがバビュロンの王宮まで押しかけてきて、大騒ぎする。早くあんなやつやっつけてください、と。ほっといちゃペルシャ帝国の沽券に関わる。広大な版図のあちこちでアレクサンドロスみたいなやつの離反が続出するかもしれない。

王の身内にも戦死者が出ましたよね。そのうえ、これこれこういう具合に完璧なお膳立てをしましたので、是非お越しください。そう言われてダーラヤヴァウは重い腰をあげた。なんだかよくわからんままに、パレードを組んでシリアまで出陣する。

そうするとペルシャ軍とは何かといえば要するにテーバイの敗残兵をかき集めたのと、アナトリアの烏合の衆の集まりの真ん中に、ペルシャ王という飾りを乗っけて、後ろからキリキア貴族らが焚き付けているだけのものだ、ということがわかろう。どうだ、勝てそうな気がしてきただろう。」

そうかもしれぬ、と私は思ったが、プトレマイオスはまだ半信半疑のようだ。

「というかこれで勝てぬようでは、グラニコス川の鯉の餌にでもなっていたほうがましだ。では我々はどう攻めるかね?」

「そうですね。周りの烏合の衆をできるだけ相手にせず、真ん中のペルシャ王に全力を集中しましょう。」

「その通り。ご明察、エウメネス君。いちいちギリシャの傭兵や、アナトリアの雑魚どもを相手にする必要はない。そういうやつらはパルメニオンにでも任しておけば良い。」

私は苦笑した。なるほど、軍議にパルメニオンを呼べぬわけである。

「パルメニオン、あとその腰巾着のクラテロス。あいつらにも使い道はある。わーっと一生懸命戦っててくれればそれで良い。特に戦果は期待しておらぬ。パルメニオンには、先王以来の忠実な老将軍という役を演じてもらう。クラテロスは王族の末席。パルメニオンというおいぼれが死んだ後に自分がその後釜として副将軍となるのをただ待っている、俺やペルディッカスや、その他の王族がみんな戦死したら自分が王になれるかな、なんて夢想してる、ちんけなやつだ。言わば捨て駒だが、テッサリア兵を率いて、死なぬ程度に頑張ってくれればそれで良い。」

王は飽くまで非情だ。

プトレマイオスがやっと口を開いた。

「それで、我々から攻めますか。それとも待ちますか。」

王はイッソスの地図をまじまじとながめ、言った。「我々にはやはり平原は不利だ。海と山に挟まれたこの狭い峡谷地帯を、フェニキアのトリポリまで南下する。トリポリ港に敵艦隊が停泊しているとの知らせが入っているからだ。

ペルシャ王も、我らをただ見逃して、フェニキアのビュブロスやシドンまでは行かせてはくれまい。どこかで割り込んで来る。」

「わざわざこんな不利な山峡に入ってきますかね。」私もあり得ないと思った。大軍は平原でこそ、その戦力を最大限に活かせる。狭いところでは戦力の一部しか一度に投入できないのだ。

「来るとも。俺でもそうする。俺なら、キリキアへの退路を断ち、トリポリへの進路を塞いで、艦隊で海を固めて、我らを挟み撃ちにしようとするだろう。だから交戦場所はこの、イッソスとトリポリの中間付近、キュプロス島の東辺りになろう。」

そう言って王は地図の上の海岸沿いの一点を指さし、話を続けた。

「キリキア太守アルシャーマは俺がわざとタルソスでアジア王をきどって、のんべんだらりと逗留したせいで怒り心頭。やつは今頃ペルシャ王をやいやいせっついているはずだ。持久戦に持ち込もうなんて腹はあるまい。ペルシャの大軍でひねり潰せばそれで片が付くと思っている。
それにペルシャ王は母親に妃、それと子供たちをソコイまで連れて来ているという。これまた短期決戦を望んでいるということだ。」
「なぜです?」
「女というものは、特に王族の女というものは、こういう不便な天幕暮らしをいやがるものだ。早く決着を付けてバビュロンに帰りたがっているだろう。どうせ物見遊山気分だ。」

なるほど、王というものは、目のつけどころが違う。

「さらにアナトリアの太守たちも功を焦っている。もうかれこれ一年以上、我々に翻弄されて、恥をかかされて、頭に血がのぼっている。その上、我らがこうして山間部に逼塞しておれば、ペルシャ王の大軍に恐れをなしているのだろうと、向こうは考えるはずだ。遅からず向こうから動き出す。」
「そううまくいきますかね?」
「うまくいかないと困るな。我々だって、いつまでも兵糧が保つわけじゃない。」

敵は前方のシリア側からではなく、背後のキリキア側からイッソス湾に入ってきた。

「なんともう仕掛けてきたか。前方に別働隊は?」
「哨戒が調べましたが、いないようです。」

「ははあ。どうやら俺たちの退路を塞ぎ、じわじわと後ろからせっついて、もっとシリアの奥地まで追い込もうって腹だ。こちらの兵站が伸びきった頃合いに、万全を期して俺たちを追い詰め包囲してつぶすつもりさ。そうはいかん。作戦変更だ。」

王は軍を、キリキア側のペルシャ軍に向き直させ、前進した。敵に時間を与えずこちらから攻撃を仕掛けるつもりだ。

「いいか、敵は馬鹿の一つ覚えで、セオリーどおりに軍を展開してくるはずだ。クル大王が創始し、ダーラヤヴァウ大王が完成させた必勝戦術。かのペルシャの戦法は、二百年間まったく変わっていない。後生大事にペルシャの家訓となっている。逆の言い方をすれば、我らには彼らの出方があらかじめ読める。

シンメトリーな、バランスが取れた、幾何学的な陣形。そして圧倒的に多数の軍勢。その中心には親征の象徴である王がいる。これがペルシャ人にとっての常勝パターン。これまでこれで負けたことがない。少なくとも陸戦では。負けるのは、このパターンが崩れたときだけだ、と彼らは思っている。プラタイアイやグラニコスで負けたのはそれができなかったせいだと。戦力の逐次投入になって数のメリットを活かせなかった。部隊の連携が取れずばらばらに動いた。だから逆に、一斉に、一糸乱れぬ均整の取れた陣形で大軍を投入すれば勝てる。

確かにそうやって来られると我らは負ける。我らは逆に、ペルシャの戦法が今の我らにとってふさわしいものではないことを知っている。あの、カイロネイアで、そしてトラキアやイリュリアの森の中で俺は確信した。

左右非対称な布陣。これは、カイロネイアで初めて、偶然我が軍が取った戦法だと、俺は思っていたが、違った。父フィリッポスは、テーバイの名将エパメイノンダスの戦法に学んだのだということを俺は後で知った。テーバイがスパルタを破った、かのレウクトラの戦い。その戦いで、エパメイノンダスは史上初めて、左右非対称に兵を配置した。一箇所に兵を重点配備し、一点突破する。その戦術を受け継いだのが我が父フィリッポス。そして俺がそれを、もっと完璧な形で応用してみせる。」

斥候によれば、ペルシャ軍はピナロス川を挟んで一列に海から山裾までを埋めて陣取り、川には逆茂木(さかもぎ)を立て、我が軍の到着を待っているという。我らとペルシャ軍は、ピナロス川を挟んで対峙することになる。それは奇妙なまでにグラニコス川の戦いと似た展開となった。

「ペルシャ軍には珍しい陣形だ。山側の敵左翼は山裾の中まで回り込むように重装歩兵を配置している。一方海側の右翼には騎兵を幾層にも配備している。中央は例によって重装歩兵で分厚くよろい、その後ろに王の親衛隊。なぜこんな陣形にしたのだ?」

「これは私の思いつきに過ぎませんが、」と私は前置きしてから説明を試みる。「まず、川沿いに逆茂木を引いて待ち構えているということは、彼らは自分から仕掛けるつもりがなく、我らから先に攻めさせようというのでしょう。川筋で我らを食い止め、さんざんに矢を射かけて、できるだけこちらを疲れさせ、弱らせてから攻めるつもりです。

また、敵の軍勢はこの狭い戦場に入りきれないほどに多いのでしょう。山側に騎兵隊を配置しても機動性を活かせないので、重装歩兵をみっしりと詰め込んでいる。彼らはグラニコスにりて、我が右翼が山側から回り込むのを恐れているのでしょう。だから左翼は、我らより先にここへ陣取って、我らを塞ぐことを最優先に配置している。

一方海側の敵右翼は、浜辺は砂地で比較的平らですし、海も遠浅ですから、騎兵の機動力を活かして我らの背後に回り込もうと考えているのでしょう。後から後から後詰めの騎兵を送り込むつもりです。そうして時間をかけて、右からも左からも、緊密な陣形を保ちつつ、じわじわと真綿で締め付けるように我らを包囲して、殲滅しようという作戦ではありませんか。」

「なるほど。戦場が狭いながらに多勢を活かす手のつもりか。」

王は紙(パピュロス)に描かれた地図の上に敵の配置図を書き込みながら、思案を巡らしている。

「エウメネスの言う通りならば、実に頭の悪い作戦だ。
『兵は拙速を聞くも、未だ巧みの久しきに賭けざるなり、』だよ。下手でも良いから素速い動く。巧みにじっくり、ではない。速さこそが命だ。それが戦場の真実だ。むこうが十の時間をかけて圧勝を期するのであれば、我が方は九の時間で拙速に決着を付ける。それでも勝ちは勝ちだ。
ペルシャという国はいつからこんな、ドン亀のような戦をするようになったのかね?かの英主、クル大王の創業もまたこんな戦法で成し遂げられたのだろうか。信じられんね。
亀のように厚い鎧をまとっていても、一箇所の亀裂から針を通して心臓を刺せば亀は死ぬ。却って甲羅の重さが敵の攻撃から逃げるのに邪魔になる。そうじゃないかね?
俺の作戦は、こうだ、プトレマイオスよ。俺とおまえ、そしてヘタイロイは山寄りの右翼。中軍はパルメニオン。おまけにペルディッカスも付けてやる。海寄りの左翼はテッサリア兵とクラテロスに任す。」

私は言った。「あまりに左翼が弱すぎます。テッサリア兵はマケドニア兵ほど強くありませんし、またクラテロスは経験不足です。なぜ敵の精鋭にクラテロスを当たらせるのですか。やすやすと突破されてしまいます。
中軍のパルメニオンとペルディッカスも支えきれるかどうかわかりません。なにしろ敵の中軍は親衛隊を控えて非常に分厚いですから。」

「パルメニオンとペルディッカスなら保(も)つ。もってくれなきゃ困る。少なくとも充分長い間支えてくれる。敵を突破してはくれないだろうがね。
良家のぼんぼんのクラテロスにはそろそろおねんねから醒めてもらわにゃ困る。良い眠気覚ましだ。
エウメネス。我が軍は右を強く左を弱く配置している。そうするとどうなるか。」
「我が軍は右は押しますが、左は押されます。」
「そうすると敵陣はねじれて対称性は崩れる。
クラテロスはいわば囮(おとり)だ。我が左翼クラテロスに対して敵右翼が突破に成功したとなれば中軍も左翼も右へ引き寄せられ、敵の左が手薄になる。そこを俺は衝く。」
「だからあなたは右翼にいるのですね。」
「そうだ。我らが敵左翼と中軍の間を突破すれば、敵親衛隊は我らに身をさらすことになる。我らがそこを一挙に抜けば、たやすく敵の王を捕らえることができる。」
「王を生け捕りに?」
「できればそうしたい。」
「なぜ?」
「ほかにどうしろというのかね、エウメネス。」
「どうって。殺すのでは。」
「もちろん戦場ではありとあらゆることが起こり得る。俺の意思通りにすることはできぬ。しかし俺はできればここアジアで、常日頃おまえたちにも言ってることではあるが、寛大なアジアの王になりたい。アジアの民を心腹させたい。それがアジアを治める最良最善の策だ。王と王は対等、友人でなければならない。そうは思わんか。」
私は絶句した。「王の立場でものごとを考えることは私にはできません。」
「そうかもしれんな。」

王のお考えはおおよそわかった。これは、レウクトラ、カイロネイアに、クル王子の作戦を加えてアレンジしたものなのだ。

「そんなにうまくいきますかね。」
「何度も言うな、言わせるな。うまくいくいかぬはどうでも良いことだ。うまくいかなきゃ死ぬだけだ。あちらと同じ戦法で戦えば我らが負ける。あちらの戦法に俺らが合わす必要は、全くない。隊列というものは戦闘が始まると必ず崩れていくものだ。その崩れた隊列こそが真の隊列なのだ。その常に変化する隊列をどう制御するか。どう自分に有利に活かすか。
ペルシャ軍は多勢である。均整がとれた最初の陣形をできるだけ崩さず、固定した、いわば融通の利かない陣形をあくまでも維持して勝利しようとする。一方我らは無勢である。多勢に無勢な我らはむしろ積極的にかの均衡を崩し、一発逆転のチャンスを作る。そしてそのチャンスを活かし得る、機動性に勝る我らが勝つ。」

なるほど。王はただむやみに大軍に挑戦しようとしているわけではない。緻密な策戦を立てて臨んでいるのだ。だがその思惑通りに戦況は推移するだろうか。陸戦には特に、不確定要素が大きいのだから。

我が軍は隊列に隙間や粗密など、乱れが出来ぬよう、ゆっくりと横並びで進んだ。ただ一人王だけが、左翼と右翼を忙しく行ったり来たりした。自分の目で敵軍の配備を確認しつつ、左翼と右翼の歩兵と騎兵のバランスを調整し直している。

敵陣が間近に見えてなお、隊伍を保ったまま、右翼から左翼へ一個騎兵部隊を密かに移動させ、クラテロスに、敵が海に入って、回り込まないようにせよと注意を与えた。

王はパルメニオンに最後の注意を与える。

「グラニコスに参加した太守の中でアルシャーマだけが生き延びたのはなぜだと思う?パルメニオンよ。」
「さて、運が良かったのでしょうか。」
「違うよ。
アルシャーマはアナトリアの中では一番遠く、キリキアから馳せ散じて、しかもペルシャ軍の総司令官に収まった。そもそもペルシャにおけるアナトリアの護りは帝国西端の前線基地サルデイスに駐留するリュディア太守の仕事だ。キリキア太守はアッシリアやシリア、キュプロスにも目配りをしなくてはならぬ重要な拠点であり、アナトリアの世話を焼いているほどヒマではない。しかるにペルシャ宮廷は、フリュギア太守アルシテスがあまりにも哀れであったか、あるいはイオニア兼リュディア太守のスピトリダテスは、勇猛果敢な武将ではあったが、兵に将たるにはちと頼りないと思ったのか、キリキア太守アルシャーマに出陣を命じたのだよ。

アナトリアの中ではキリキアが最も富裕で兵の動員数も多い。こうしたわけで現地フリュギアの太守アルシテスもアルシャーマを立てて総大将とした。

キリキアから見ればフリュギアは僻地だからアルシャーマは半ば義理で参戦した。そしておそらく司令官のくせに、いや、であればこそ、最前線には立たず傍観しており、負けるとみたら、兵を温存させて引いた。それだけだ。しかし今度は尻に火がついている。総力で、死にものぐるいで向かってこよう。アルシャーマも、先には負け、今は領地を奪われ、部下や領民の手前、死ぬか生きるかしかない。」
「左様でございましょうな。」
「パルメニオンよ、おまえには、中軍で王の旗印を掲げて頑張ってもらう。つまりおまえは俺の代わりに中軍に陣取り、采配を取ってもらう。俺がペルシャ王に一騎打ちを挑む間。」
「ペルシャ王と一騎打ちを?王自ら?」
「そうだ。そうするのが唯一、我が軍が勝てる作戦なのだ。ほかに方法がないのだ。忠実に遂行してもらいたい。良いか、アルシャーマ率いるキリキア軍はおそらく敵右翼、騎兵隊の先鋒にいて、雪辱を遂げるために、真っ先におまえめがけて突進してくるであろう。アルシャーマを良く持ちこたえろ。それが今回のおまえの任務だ。」

矢玉の射程に入る直前、唐突に敵陣地から人の頭ほどもある石つぶてが次々に飛んできて、我が陣地の中へドシンドシンと落ちた。

「投石器(カタパルト)だ!」

「投石器?攻城兵器だぞ。」それは棒の先に石を載せる籠がついていて、棒のもう一方の端は軸に固定されている。この棒を巨大な弩(いしゆみ)にひっかけて、巻き上げ器で手綱を巻き取って棒を反(そ)らせ、一気に放つことによって石を飛ばすのだ。

「なんと恐ろしい。ペルシャめ。陸戦に投石器だと。」

ペルディッカスが叫ぶ。「騒ぐな、これしきのことで。ただのこけおどしだ。当たらねばなんということはない。良く見て避(よ)けろ。」

確かに闇雲に撃ち込んでいるだけだ。しかしながら我が軍は少なからず動揺している。陸戦でも敵の隊列を乱すには効果的だ。

王は近衛騎兵らに親しく語りかけた。「我がヘタイロイよ。今こそ俺は君たちの力が必要だ。離れずついて来い。決して遅れるな。先にも言ったように、戦闘が始まった後の指揮はパルメニオンに任せてある。俺はただ敵中を突破して、ダーラヤヴァウと一騎打ちする。我がヘタイロイよ、おまえたちも他のことは考えなくてよい。おまえたちを待っていたのでは、俺はダーラヤヴァウを取り逃がしてしまう。おまえたちが俺に追いつかなければ、俺は一人敵中に飛び出して、殺されることになる。
我らが正面は分厚い重装歩兵だ。突破は困難だが不可能ではない。俺の左右に楔形の陣形を取れ。行くぞ。」そう言って王は、軽く馬の腹に拍車をかけると、右翼を飛び出し、川に躍(おど)り込んだ。近衛騎兵隊が後に続いた。

王と近衛騎兵はピナロス川を一気に渡って敵の左翼に当たった。できるだけ速く白兵戦に持ち込んで、敵重装歩兵が放つ矢の被害を最小限に留めるためである。

王が突入するのを見ると、マケドニア兵士らは、あらかじめ決められた通りに、戦いの歌(パイアーン)を歌い、軍神(エニュアリオス)を称える(とき)の声を挙げ、盾と槍を打ち鳴らし、一人残らず突進した。

こうして歴史に名高いイッソスの戦いが始まった。

決死隊が逆茂木を乗り越えて敵陣に斬り込み橋頭堡を確保し弓兵が援護射撃している間に、工兵が逆茂木に鉤爪(かぎづめ)をかける。川岸に巻き上げ器を据えて鉤につないだ縄を遮二無二巻き取って引っこ抜く。そうして騎兵を繰り出す一筋の突破口を作った。

我が右翼が混戦に突入しているうちに、左翼のクラテロスは、早くも戦列を崩し始めた。敵が海側から大挙して回り込み、我が中軍のパルメニオンとペルディッカスの背後へ迫ろうとしている。

王に指揮を任されているパルメニオンは、王を見失った。混戦の中、王が今どこにいて何をしているか、さっぱりわからない。四面にペルシャ軍の旗幟(きし)を見て、パルメニオンは敗北を覚悟した。まもなく我が軍は、圧倒的多数のペルシャ軍に完全に包囲され、なぶり殺しにあうのだ。そう確信した。

しかしマケドニア軍の右翼では、それよりも速く、まったく正反対のことが起きていた。

王にはまたしても見えたのだという。有機体のように密集した敵の隊列も、よくよくみれば部隊ごとの方陣が配列したものに過ぎぬ。それらいくつもの部隊は賽子(さいころ)を並べたように互いに寄り添い、常人にはその境界を見極めがたい。だが、王にははっきりと見えるのだ。いや感じるのだ。固く詰まっているところと、弛(ゆる)く張り合わされているところとの境目が。王がその境目を突くと、続く近衛部隊が、その切れ目をジワジワとこじ開けていく。王のヘタイロイは、言わば、石垣が積み上げられたその隙間を、自在に変形しながらすり抜けていく軟体動物のようなものであった。そうしてついに、ペルシャ左翼に間隙を作り、敵本陣になだれ込んだ。

ペルシャ中軍、ペルシャ王を取り巻く親衛隊の側面が、無防備にも我がヘタイロイの前にさらされた。

ペルシャ王を護る一万騎の親衛隊、不死隊(アタナトイ)の中心部では、千人の近衛兵、林檎持ち(ポロフォロイ)らが、ゆったりと車間を取った三頭立ての戦車(チャリオット)百台ほどに分乗して、王を取り囲んでいる。林檎持ちらはみな揃って鉄製の(うろこ)(よろい)を身にまとい、黒く薄い布を顔に巻き付けていた。

戦車は二輪。一台当たり三頭の馬は横並びに一本の軛(くびき)につながれ、車体に固定された二本の轅(ながえ)で両端を挟まれている。乗員二名、戦士と馭者が並び立っている。ペルシャ王ダーラヤヴァウは、その中の一台に、仰々しいマントをはおり、鎧を身につけ、盾を背負い、片手に弓を執って、もう片手で手すりをつかんで乗っていた。すでに五十を過ぎていたダーラヤヴァウにとって、荒れ野を走る戦車は決して乗り心地の良いものではなかったし、軍装も肩にずっしりとこたえる。

「徐々に前進せよ。慌てるな。アレクサンドロスは何をやらかすかわからぬやつだ。敵に奇策を使う隙を与えるな。」

王は伝令した。先に敵の左翼が潰滅したらしいので、部隊に間隙を作らぬよう全軍をゆるやかに右へと伸ばしつつ、敵を包囲追跡する態勢に移りつつあった。

ダーラヤヴァウとてこれが初陣というわけでもない。彼がまだ若い頃、アナトリアではアルタバゾスらギリシャ傭兵がしばしばペルシャに叛した。先々代のペルシャ王アルタクシャサ三世は武将らをアルメニア太守に派遣してアナトリアを鎮圧させた。それらの武将にマヅダーヤ(後のアッシリア・バビュロニア太守。第四章以降参照)や若き日のダーラヤヴァウが含まれていた。このときの功績でマヅダーヤはキリキア太守となり(アルシャーマの前任)、ダーラヤヴァウはアルメニア太守となったのである。

しかし七年前、ダーラヤヴァウが王に即位して以来みずから戦場に立ったことはなく、王として全軍の指揮を執るのはこれが最初だった。

王は親衛隊に停止を伝えた。自らはピナロス川の岸に留まり、歩兵らには続々と川を越えさせる。すべてが、ピナロス河畔に陣取ったときに決めた通りに進んでいる。

「敵は、思いの外、脆(もろ)いな。案外早く、かたが付きそうだ、」ペルシャ王がそう安堵した頃合いだった。

ペルシャ陣営左手前方ににわかに喧噪が起こった。

あの何層にも重ねた我が左翼の戦列に裂け目が生じている。自分の目が信じられない。ペルシャ王には事態の深刻さがたちまちわかった。彼は直感した。我が兵の群れを左右に押し分け、その先頭を切って自分に迫り来る男、彼こそがまさに、マケドニア王アレクサンドロスその人であるということを。

ペルシャ王の戦車は戦車隊の中央にあって、馬印や旗印もとりわけ目立つ。その王の戦車を目印に命知らずの敵が突き進んでくる。

やがて矢が雨のように降り始める。流れ矢に当たった兵士が辺りで一人、また一人と倒れていく。

あの男を先端とする騎兵のくさびが、何の抵抗もなく自分へと一直線に延びてきて、あの男が槍で我が胸を串刺しにして、我が戦車に飛び移り、剣で我が首を斬るであろう。そんな映像がダーラヤヴァウには見えた。

戦闘が始まってかくも短い時間の間に、なぜ彼がここまで自分に肉迫しているのか。なぜ圧倒的に優勢なはずの我が軍が、今このような危機的状況に陥っているのか。ダーラヤヴァウには理解できなかった。

おお、今こそ王は王たるべく、俺はあの男に、王者と王者の、一対一(サシ)の戦いを挑もうか。そんな想念が一瞬よぎる。

馬鹿な。できるはずもない。

彼は若く、強く、俊敏で、俺は老いて、醜く太り、手も足も萎えている。

俺は、戦うことすら、死ぬことすらできないかもしれない。

戦車の台座からころげ落ち、泥にまみれて、あの男に捕まり、捕虜となり、し者となる。

そしてこれから、奴隷のようなみじめな一生を過ごす。

逃げねばならぬ。

逃げるのは一時の恥だ。いくらでも挽回する機会はある。そう自分に言い聞かせた。

ダーラヤヴァウは馭者に回頭を命じる。退却し始めた王の戦車を見て、他の戦車隊も慌てて王を追う。騎兵や重装歩兵も王の後を追った。しばらく海沿いの平野部はそうして逃げたが、山間の隘路にさしかかると、その軍勢の多さがあだになり、ひしめきあって、前に進めなくなった。

ペルシャ王らは戦車から馬をほどき、馭者を放置して、馬の背に鞍を置いて騎馬で逃げ始めた。

続々と山間にペルシャ歩兵らが押し寄せたために、敵に倒されるよりも後から来た味方に踏みつぶされて死ぬ者のほうが多いありさまであった。皮肉にもペルシャ王は、その山と積もって道を塞いだ自軍の死体のおかげで、敵の追跡を逃れたのである。

ペルシャに雇われた傭兵らはそのようすをみて、隊列を崩さぬように戦場を離れ始めた。

キリキア太守アルシャーマ他、グラニコスで生き残ったペルシャ兵士の多くも、大混乱の中、もみくちゃにされ、馬蹄に踏みしだかれて戦死した。

一転してすべてはマケドニア王の思惑通りにはこんだ。王の手のひらの上で、世界は踊ったのだ。王は戦う前からすでに勝っていた。彼以外は自分の意志で動いたつもりで実は王に操られていた。機械仕掛けの人形のように。王のやったことは、ただそれらの駒を戦場に配置しただけだった。王は最初から最後まで戦闘を演出し、常にイニシアティブを握り続けた。

イッソスの勝利はアジアと地中海世界全体を震駭させた。とりわけ、ペルシャと、そしてスパルタを。スパルタは今日のこの日、我がマケドニアがペルシャに敗北するやいなや挙兵し、マケドニア摂政のアンティパトロスが半ば支配するペロポンネソス半島を回復しマケドニア本国へ出兵するつもりだったはずだ。

王以外の誰がこのようなマケドニアの一方的な圧勝を予想できただろう。

イッソスは我がギリシャ民族のこうべに永遠に冠せられた誉れとなった。