アレクサンドロス大王が砂漠に兜一杯の水を捨てたという話はプルタルコスの列伝が初出だそうですが、詳しい出典がわかりますか。
アレクサンドロス大王が喉の渇きに耐えかねた兵士たちから差し出された兜一杯の水を地面に捨てた(あるいは受け取りを拒んで返した)というエピソードは、プルタルコス(Plutarchos)の『対比列伝(英雄伝)』「アレクサンドロス伝」第42章に登場します。
詳しい出典情報
- 著者: プルタルコス(Plutarchos)
- 作品: 『対比列伝(英雄伝)』 (Vitae Parallelae / Parallel Lives)
- 該当篇: 「アレクサンドロス伝」 (Life of Alexander)
- 章節: 第42章(42.7 – 42.10)
プルタルコスにおける文脈
プルタルコスはこのエピソードを、ペルシア王ダレイオス3世を追撃している最中の出来事として記述しています。
あらすじ
追撃の途上、過酷な渇きに苦しんでいた際、わずかな水を皮袋で運んでいた兵士たちが、王であるアレクサンドロスに兜いっぱいの水を捧げました。
アレクサンドロスは水を受け取り感謝したものの、周囲の騎兵たちが羨ましそうにその水を見つめていることに気づきます。
そこで彼は 「もし私ひとりだけが飲めば、他の者たちが意気消沈してしまう」 と言い、水に口をつけることなく地面に注ぎ捨てる(または送り返す)行動をとりました。
これを見た兵士たちは大いに奮起し、「このような王のためなら疲労も渇きも恐れるに足らない」と力強く前進を再開したとされています。
関連する他の史料との比較
この「兜の水」のエピソードは、古代の複数の史家によって記録されており、背景となる場面(地理的状況)に若干の差異が見られます。
| 著者・史料名 | 該当箇所 | 場面の設定 |
| プルタルコス 『対比列伝』 | 「アレクサンドロス伝」 第42章 | ダレイオス追撃戦の最中 |
| アリアノス 『アレクサンドロス東征記』 | 第6巻 第26章 | インドからの帰路(ゲドロシア砂漠越え) |
| フロントゥィヌス 『戦略書』 | 第1巻 第7章 7節 | アフリカの砂漠 |
| ポリュアイノス 『戦術書』 | 第4巻 第3章 25節 | 場所の特定なし |
特にアリアノスの『アレクサンドロス東征記』における記録(ゲドロシア砂漠での過酷な行軍中の描写)も非常に有名で、プルタルコスと並んでよく参照される出典となっています。
Plutarch: Alexander chapter 42
τότε δὲ ἐξήλαυνεν ἐπὶ Δαρεῖον ὡς πάλιν μαχούμενος ἀκούσας δὲ τὴν ὑπὸ Βήσσου γενομένην αὐτοῦ σύλληψιν ἀπέλυσε τοὺς Θεσσαλοὺς οἴκαδε, δισχίλια τάλαντα δωρεὰν ἐπιμετρήσας ταῖς μισθοφοραῖς. πρὸς δὲ τὴν δίωξιν ἀργαλέαν καὶ μακρὰν γινομένην ἕνδεκα γὰρ ἡμέραις ἱππάσατο τρισχιλίους καὶ τριακοσίους σταδίους ἀπηγόρευσαν μὲν οἱ πλεῖστοι, καὶ μάλιστα κατὰ τὴν ἀνυδρίον.
ἔνθα δὴ Μακεδόνες ἀπήντησαν αὐτῷ τινες ὕδωρ ἐν ἀσκοῖς ἐφʼ ἡμιόνων κομίζοντες ἀπὸ τοῦ ποταμοῦ· καὶ θεασάμενοι τὸν
Ἀλέξανδρον ἤδη μεσημβρίας οὔσης κακῶς ὑπὸ δίψους ἔχοντα ταχὺ πλησάμενοι κράνος προσήνεγκαν. πυθομένου δὲ αὐτοῦ τίσι κομίζοιεν, υἱοῖς, ἔφασαν, ἰδίοις· ἀλλὰ σοῦ ζῶντος ἑτέρους ποιησόμεθα, κἂν ἐκείνους ἀπολέσωμεν.
ταῦτα ἀκούσας ἔλαβεν εἰς τὰς χεῖρας τὸ κράνος· περιβλέψας δὲ καὶ θεασάμενος τοὺς περὶ αὑτὸν ἱππεῖς ἅπαντας ἐγκεκλικότας ταῖς κεφαλαῖς καὶ πρὸς τὸ ποτὸν βλέποντας ἀπέδωκεν οὐ πιών, ἀλλʼ ἐπαινέσας τοὺς ἀνθρώπους, ἄν γὰρ αὐτὸς, ἔφη, πίω μόνος, ἀθυμήσουσιν οὗτοι.
θεασάμενοι δὲ τὴν ἐγκράτειαν αὐτοῦ καὶ μεγαλοψυχίαν οἱ ἱππεῖς ἄγειν ἀνέκραγον θαρροῦντα καὶ τοὺς ἵππους ἐμάστιζον· οὔτε γὰρ κάμνειν οὔτε διψᾶν οὔθʼ ὅλως θνητοὺς εἶναι νομίζειν αὑτούς, ἕως ἂν ἔχωσι βασιλέα τοιοῦτον.
その時、彼はダレイオスと再び戦うべく出陣した。しかし、ダレイオスがベッソスによって拘束されたと聞くと、給与とは別に2000タラントンを恩賞として加算し、テッサリア人たちを故郷へ送り返した。だが、追撃は過酷で長大なものとなり――なぜなら11日間で3300スタディオンを騎乗で駆け抜けたからである――大半の者たちが脱落し、とりわけ水不足によって疲弊した。
まさにその時、あるマケドニア人たちが川から皮袋に水を汲み、ロバに載せて運んでいるのに出会った。そして、すでに日中(正午)となっており、渇きによって惨めな状態にあるアレクサンドロスを目にすると、急いで兜を満たして差し出した。王が「誰のために運んでいるのか」と尋ねると、彼らは「自分たちの息子のためにございます。しかし、王がお健やかでいらっしゃれば、仮にあの者たちを失おうとも、私たちはまた別の子供を得るでしょう」と答えた。
これを聞いた彼は兜を手に取った。しかし、周囲を見回して自らの騎兵たちが皆、首を傾け(身を乗り出し)、その飲み物をじっと見つめているのを目にすると、飲むことなくそれを返した。そして、水を運んできた人々を褒めてこう言った。「私一人だけが飲んだなら、この者たちは意気消沈してしまうだろう。」
王の克己心と気高さ(偉大な精神)を目にした騎兵たちは、意気高く自分たちを率いて進むよう叫び声を上げ、馬たちに鞭を当てた。このような王を戴いている限り、自分たちは疲れることも、渇くことも、およそ死すべき存在(凡夫)であることすら感じない、と主張しながら。
このプルタルコス「アレクサンドロス」の原文によれば、ダレイオス3世を拘束したベッソスを追撃するために、まずテッサリア兵を帰郷させ、その後に、川で汲んでおいた水をヘルメットに入れて差し出した兵がいたのだが、それをうらやましそうにみる兵士たちの手前、受け取らずに返した、というだけの話である。
gemini が言う、Iuli Frontini Strategematon 1-7-7 をみてみると、
Non alienus, ut arbitror, hic locus est referendi factum Alexandri Macedonis illud nobile, qui per deserta Africae itinera grauissima siti cum exercitu adfectus oblatam sibi a milite in galea aquam spectantibus uniuersis effudit, utilior exemplo temperantiae, quam si communicare potuisset.
マケドニアのアレクサンドロスによるあの高貴な行為を語るのに、この場所(節制に関する章)ほど適したところは他にないのではないかと思われる。 彼はアフリカの砂漠を歩む行軍中、軍全体とともに極度の渇きに苦しめられていた際、ある兵士から兜(かぶと)に入れて捧げられた水を、全員が見ている前で地に注ぎ捨てたのである。 彼がその水を皆と分かち合うことができた場合(の振る舞い)にも増して、この行為は節制の模範としてより有益なものであった。
となっており、これが一番古い出典のように思われるが、ここでは兜から水を捨てたと明確に言っているのである。
spectantibus uniuersis みんなが見守る中
itinera grauissima 極めて困難な旅
cum exercitu 軍隊とともに
siti adfectus 喉の渇きに苦しむ
sibi a milite 兵士が彼に
oblatam in galea aquam 兜に入れて差し出された水
effudit 撒き散らす
